シャトルの格納庫は地下にあった。
他の星への渡航が、そんな事をする人間も普通はいないのだが一応全面的に禁止されている時世では
シャトルのような大型の物は、いかにログといえどおおっぴらに置いておく事は出来ない。いやむしろ
彼のような裏の人間こそ細心の注意が必要なのである。
ログに導かれるまま、ギゾやテオさえも知らなかった地下通路を歩くこと数十分、、狭い通路が急に開け
そしてログが電気のスイッチを入れると銀色の翼を持つ機体が姿を現した。全長は１０ｍもなく、座席数
はコックピットを含めて１０席程度、シャープなフォルムを持つその機体に思わずアレンは息を呑んだ。
「どうじゃ？ワシのシャトルは？昔はこいつであちこちに行ったもんじゃ。」
驚きの表情のアレンに対し、ログはやや自慢げにそう言った。しかしその言葉はアレンの耳には全く
入っていない。アレンの心は、すでにフレオの大地と、そしてそこにいるであろうアリスの所へと飛んで
いる。しかし宇宙への渡航が禁止されて以来二十年近くほとんど整備もされていない機体であるので
当然大がかりな整備や点検が必要になってくる。ログは部下に命じて即座にエンジニア数人を手配させ、
そして即日徹底的なオーバーホールが始まった。
作業は数日にわたった。オイルの交換に錆びついた部品の交換、そしてこまめに行われる各部分の試運転・・・
そんな作業が丸三日続いた朝、ログは機体の表面の手入れをしているアレンに声をかけた。
「のうアレン、どうやらオーバーホールもあと少しで終わりそうじゃが、連中に言わせるとちょっと
足りない部品があるそうなんじゃ。」
「部品？どんなのですか？」
「ま、なくても大して問題ないんじゃがの、燃料タンクとエンジンをつなぐ部分の部品がちょっと
ばかし足りないらしくての。」
「燃料タンクとエンジンって・・・無くちゃ思いっきり問題じゃないですか！」
「いや乗るのはワシじゃないんでの。嫌なら買って来てくれんか？」
「そりゃ行きますけど、どこに買いに行くんです？宇宙船用のパーツなんかが売ってる店って・・・」
「ウム、ここから東の、列車で一晩の場所にオータムという町があるのは知っとるかいの？」
「オータム・・・あの『技術者の町』と言われるオータムですか？」
「ホウ、知っておったか。なら話は早いわい。そこに『カイン』というジャンク屋がある。そこに行って
きてくれんか。本来なら持ってこさせるところなんじゃが、なんか連絡がとれんでの、直接貰いに
行ってもらうしかないんじゃ。」
そういうとログはアレンに店の地図と旅費、そしてログの書き付けを渡し、アレンは一人オータムへと
向かうための列車に乗った。本当はギゾやテオとも行きたかったのだが、どうやら本業の方もこれ以上
おろそかにはできないらしい。アレンは自分の席のベッドに腰掛け、前回これと同じ列車に乗った時の
ことをぼんやりと思い出していた。
前回、寝台車に乗った時はアリスと一緒だった。しかし今回は一人、しかも夜汽車なので外はもう暗く
景色も見えない。いや、夜汽車なのは前回も同じだった。同じような車両、同じようなその中の風景、
そして同じように時々聞こえてくる車内アナウンス・・・違う事はただ一つ、アリスがいない事だけで
ある。しかしそのたった一つの違いが、アレンにとっての前回と今回の車内の雰囲気をまるっきり違う
ものにしているのである。
「アリス・・・今頃どうしてるのかな・・・」
自分がアリスの事をどう思っているのか、その結論はまだ出ていない。家が近所で、物心がつく前から
よく一緒に遊んでいた。子供の頃は病弱だった事もあり、元気者のアリスとは対照的だったが、だから
こそウマがあったのかもしれない。とにかく十数年、顔を合わせない日はほとんどなかった。今誰かに
「アリスの事は好きか？」と聞かれたら何の迷いもなく「好きだ」と答えるだろう。しかしそれが、
いわゆる「恋愛感情」なのかは、正直全く分からない。よく周りが言う、「顔を見ただけで心臓がドキ
ドキする」ような感覚は今のところアリスに対して持っていないのである。だからといって別に、他の
誰かに対して持っていたりする事もないのだが。
ただ、「いつまでも一緒に、側にいてほしいか？」と聞かれるのならばそれは間違いなくそうである。
一緒にいる事で心が安らぎ、また楽しい気持ちにさせてくれる相手である事は間違いない。そしてまた
アリスがいない今の生活に大きな寂しさを感じているのも事実なのである。アリスに再び会う事ができた
時、どんな言葉をアリスにかけるのか、何から話せばいいのか・・・そんな事を考えているうちに列車は
消灯時間を迎え、係員が車内の電気を消した。そしてアレンも布団をひっかぶって眠りについた。
翌朝オータムの駅に着いたアレンはログに言われたジャンクショップ「カイン」を求めて町の中を歩き
まわった。メインストリートには政府の工場や研究所が多く建ち並びその玄関には皆、大柄で愛想のない顔を
した警備兵がいるばかりで、人通りも多いとは言えない。たまに人を見かけても、何か神経質そうな、ひどく
殺風景な印象を受けた。自分の両親も、こんな無愛想な人たちに囲まれて研究をしているのだろうか、そう
思うと親が少し気の毒になる。アレンはそんな雰囲気を嫌い、路地裏に入ったが、そこの町並みもいくらか
生活感があるとはいえ、生活の匂いよりオイルの臭いの方が強く、お世辞にもきれいとは言えない小さな工場
やら何やらよくわからないケーブルやネジなどを売っているジャンクショップやらが所狭しと軒を連ねている。
機械に囲まれたこの町の雰囲気は、好きな人は好きだろう、とは思った。しかし子供の頃から機械より植物等の
方に興味を持ってきたアレンにはどうしてもここの空気は馴染めそうにない。
そんな町の、迷路のような路地の中を歩き回ること数十分、アレンは迷いに迷った末にようやく目的の店を
見つける事ができた。店自体は他の店同様大きいとは言えない、民家の一階を改装したような店だし、照明は
薄暗い。しかし店内にオイルの強い刺激臭もしなければ埃もそんなになく、思いの外清潔である。アレンが店の
中に入ると、店主は無表情にアレンの方に近づいてきた。
「何の・・・用だ？」
「えっとカインってのはここですか？」
「表の看板にそう書いてなかったか？」
やや中年太りの、無精ひげを生やした浅黒い肌の男である。背はアレンよりだいぶ低い。アレンの事を子供と
見て、見下した態度をとっていたその男はしかし、アレンが用件を言ってログから預かった書き付けを見せると
少し眉を動かした。
「ふ〜ん、ログ爺さんの使いか・・・」
「はい、シャトルに足りない部品が・・・」
アレンがそう言いかけると男は大慌ててアレンの口をふさぐ。そして傍らに置いてあった紙とペンを手渡した。
「まあ立ち話もなんだからな、茶ぐらい出すぞ。」
男はそう言いながらアレンにまた一枚の紙を手渡す。その紙には「妙なこと口に出すなこのバカ！」と書かれて
あった。そしてそれから先は、口ではとりとめのない話をしながら、本題の方は筆談で行った。
「頼まれた部品だがそいつを用意するのには少し時間がかかる、できあがるまでまでこの町の見物でもして
時間潰しをしておいてくれや。」
筆談での話が一通り済み、店主はアレンにそう言うと奥の部屋にこもり、見たこともない部品をいろいろと吟味
しては何かを組み立てはじめた。ここにいてもどうやら何もできそうにない。アレンはあまり面白味のない町
だとは思いながらも、ここでボーッと待っているよりはまだマシと思い、また町を散策しようと出かけた。
そして町をうろつく事数分、後ろから声をかけてくる人物がいた。
「お前さん・・・ティリアのケビン殿の息子の・・・アレン君じゃなかったか？」
「ガズニさん・・・」
予想外の再会に、アレンは一瞬言葉を失った。総督直轄軍第一部隊、陸戦部隊長ガズニ、この旅に出る直前
ティリアに出張していたガズニに偶然出会った時の事はまだ記憶に新しい。ガズニは笑いながら手を差しだし
アレンと握手を交わす。そして少し驚いた顔をした。
「アレン君、何かあったのか？」
「え？」
「少し見ないうちに、随分腕を上げたみたいじゃないか。」
「ど、どうしてそれを？」
「なに、手を握れば大体相手の実力は分かる。今のお前さんの手から伝わってくる”気”はほんの数週間前に
あった時とは桁違いだ。ここまで強い”気”の持ち主はうちの若い衆にもそうそうおらん。」
そう誉められると、アレンも悪い気はしない。すこし照れくさそうに頭を掻き、そして「まだまだですよ」と
付け加える。けれどガズニはそんなアレンを、少し妙な物を見る目で見ていた。
「しかしここまで急激に実力を上げるというのは普通何かせっぱ詰まった事がある時だが・・・何かあったのか？」
ガズニにそう言われ、アレンは内心驚きを隠せなかった。さすが自分が生まれる前から軍隊にいたという
だけの事はあり、その洞察力は伊達ではない。
しかしアレンはガズニに理由を言うわけにはいかない。まがりなりにもルラキルは政府の筆頭宰相、そして
ガズニも政府の重鎮の一人である。そのルラキルにアリスが連れ去られたからだとは到底言えない。アレンは
何とかしてこの場を切り抜けるための言い訳を考えなければならなくなった。
「いや、別にそんな事は・・・」
「別に隠さなくてもいいんだぞ、民間人に困った者がいれば相談に乗り、その解決に尽力する、それが政府の
人間たる者の務めだからな！」
ガズニの言葉に嘘や社交辞令はない。彼が心からそう思い、そう言っているであろう事はアレンにもわかる。
しかし今はそんな彼の性格がかえって辛い。しかもガズニを相手に嘘をつき通すにはアレンの性格はあまりに
正直すぎるのである。今のアレンに思いつく事といったら、話を逸らす事ぐらいだった。アレンはガズニに
自分の事を買いかぶりすぎだと言い、そしてなぜここにいるのかを尋ねた。
「うむ、ちょっと新しい仕事を命令されてな・・・」
「仕事、ですか？一体何の・・・」
「すまないが教えるわけにはいかんな。ま、アレン君には多分関係のない事だろう。」
それから間もなく、アレンはガズニと別れた。そしてその数時間後、アレンは出来上がった部品を店主
から受け取る。しかし帰りの汽車は明日にならないと無いので、その晩はオータムで過ごした。そして
明朝、アレンは店主に礼を言い、オータムの町を後にしようとする。しかしもうすぐ駅に着こうという
所で、自分が今来た方向からサイレンの音が耳に飛び込んできた。汽車の発車まではまだ一時間はある
ので、アレンは野次馬的な気分で元来た道を戻っていった。そしてそこれアレンは予想だにしない物を
目にした。自分がついさっきまでいた店に、警察が集まっているのである。
「ちょっと！何が起きてるんです！？」
野次馬の一人をつかまえてアレンは尋ねた。
「ガサ入れだってさ。なんでもここの店主がこの星の脱出を企てていたらしいよ」
「！！」
「しっかし何考えてるんだろうね、今この星を出るメリットなんかありはしないのに。」
「・・・・・・」
「それでも今まではガルムと言って金に目がない男だったからいくらでも逃れられたけど、今度の取り調べに
やってきたのは政府軍でも有数の堅物のガズニ大佐だ、袖の下は通用しないよ。」
「そんな・・・おじさん！」
店主に向かいアレンは叫んだ。しかしガズニに連行された店主はうつむいたままアレンの言葉に何の反応も
示そうとしない。
「まずい・・・このままじゃ・・・」
そして次の瞬間、アレンは野次馬をかき分け、警備の人間の手をもふりほどき、驚きの目で自分を見つめる
ガズニの前に立ちふさがっていた
「アレン君！何をしてるんだ！！」
「聞いてくれガズニさん！オレが頼んだんだ！オレが、フレオに連れて行けって！！」
「なんだと？」
「連れて行かれたんだ！アリスが、ルラキルに・・・だからフレオにアリスを迎えに行くんだ！！」
「ルラキル？筆頭宰相殿の事か？」
「ああ、こんな事言ってもあなたは信じないだろうけど・・・でも大体なんでフレオに行っちゃいけないん
だよ！昔は行っても問題なかったんだろ？」
「それはワシの知るところではない、しかしそれが総督の意志ならばワシはそれに従い法を遂行するのみ！
とにかく、たとえ子供といえど法を侵そうとする者を見過ごす事はできん。ご同行願おうか。」
そう言うガズニの目は、それまでの彼からは想像もつかないほどに厳しいものであった。ガズニはアレンの
方に歩み寄り、アレンもその分だけ間合いを離す。しかしアレンは周囲をガズニの部下に囲まれ、さらに
騒ぎを聞きつけた野次馬もさらに増える。もはや逃げ場は見あたらない。アレンはそんな周囲を見渡し、
「我ながら軽率な」とやや自嘲気味に思った。そして警察によってアレンが取り押さえられた瞬間、何本
もの催涙ガスと発煙筒が投げ込まれ、場を大混乱に陥れた。
「これは、一体！？」
アレンには何が起きているのか理解できなかった。しかし今は状況を理解する事より、この混乱を利用して
逃げる方が先決である。アレンは催涙ガスで目を開けられないながら自分を取り押さえている腕に肘打ちを
入れて振りほどいた。そしてそれと同時に、アレンの耳に聞き慣れた声が飛び込んできた。
「アレン、それにカインのおっさん！逃げるぞ！！」
「ギゾ！それにテオさんまで！！」
催涙ガスを投げ込んだのが二人である事は言うまでもない。防煙マスクを身につけた二人は素早くアレンと
店主を連れ去り、ガズニの怒鳴り声を背に全力疾走でオータムの町を走り去って行った。
「このバカ！ご丁寧に引き返しやがって・・・お前が捕まったら元も子もないだろうが！勇敢とか義侠心
というより単なる無謀なバカだな。」
「ごめん・・・でも、見ていられなくって・・・」
「ま、お前らしいといえばらしいがな、そんなヤツだからこっちも力を貸してやってんだ。しかし検査官
の変更に気づかなかったてのはこっちのミスだったがな。しかし・・・これでお前も、完全に政府にケンカ
売る形になっちまったな。」
「ああ・・・」
ギゾにそう言われ、アレンは少し肩を落とした。禁止されているフレオに行くことを決意し、厳禁されている
グラブトやフォイエ等の攻撃テクニックも身につけた。もう覚悟はできていたはずなのだが、こうして政府の
人間に、しかも面識のあるガズニに対してあのように対決姿勢をとった事で、もう完全に逃げ場は無くなった
ように思えた。できることならもっと隠密裡に事を運びたかったのだが。
「でも、こうしてシャトルのパーツは手に入ったし、フレオに行く準備は整った。こうなったら、とりあえず
フレオに行ってアリスに会って、後はそれからの思案ってトコだな。」
「うん・・・ギゾ、テオさん、ありがとう・・・これまで、本当に・・・」
「な〜に言ってやがんだよ、『毒を喰らわば皿まで』って言葉知らねえのか？こうなりゃとことん付き合って
やるさ、俺も、テオもな！！」
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