PhantasyStar 〜時の交差〜

第十一話 力の片鱗

「どうしたのアリス?」
紅茶とクッキーをお盆に乗せてアリスの部屋に入ってきたミューは、どこを見るというの
でもなく、ボーッと窓の外の雪を見ているアリスに言った。

アリスがミューの助けになれればと思い、彼女の指導で訓練をはじめてからもう二週間が
経過した。そしてその間の、素人にすぎなかったはずのアリスの弓術やテクニック技術に
おける驚異的な能力の伸びは、たしかに伝説のライアの力を受け継いでいるからとでも
言わないと説明がつかないほどのハイペースであった。そして今日も一日の練習を終え、
一人自室で物思いにふけっていたアリスは、ミューの突然の呼びかけにびっくりしながら
後ろを振り向いた。

「え?ミューさん?いつの間に・・・ノックした?」
「何度もしたわよ。でもいくらノックしても返事がないから・・・考え事?」
「うん・・・ちょっとね・・・」
「もしかして例のアレン君とかいうアリスのボーイフレンドの事?」
「だからぁ、そーいう関係じゃないってば!」
アリスが半ばムキになってそう言うと、ミューはクスクスと笑った。どうやらこう言って
アリスの事を茶化すのが今や半ば彼女の趣味と化しているらしい。アリスはふてくされ
ながら、ミューの焼いてきてくれたクッキーを一枚口にした。

「ねえアリス、またネオアリサの話聞かせてくれる?」
部屋にあるもう一つの椅子に腰掛け、ミューは言った。こうしてお茶を飲みながら互いの
思い出話を語りあうのは、もうすっかり二人の日課になっている。ミューはこれまで色々と
アリスに話し、アリスもミューにこれまで色々な事を話してきた。故郷の事、家族の事、
友人の事、そしてアレンの事・・・アリスは頭の中で自分の思い出話を一つずつ、思い出し
ては指を折って数えていった。そして左手の指を全て折り終わり、右手の親指を折り、
人差し指を折った所で、アリスの指の動きが止まった。
「何か思いついたの?」
「え?うん、ま、ちょっと・・・」
「ね、早く聞かせてよ!」
アリスの話を早く聞きたくてせかすミューをわざとじらすようにアリスは紅茶を一口飲んだ。
そして、「あれは3年前だったかしら・・・」と、いつものように昔話を話し始めた。
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初夏のある日曜日、アリスとアレンは小高い山の上に来ていた。
湿度の低いティリアは、夏でもそう蒸し暑いという事はなく、木陰などに入りさえすれば
それなりに快適ではあるのだが、最もすごしやすい時期は六月半ばから七月初旬にかけての
いわゆる初夏の季節である。二人は木陰の草むらに腰掛け、とりとめのない雑談を楽しんで
いた。しかしそよ風の吹く木陰の心地よさと今朝も父親に剣術の練習をさせられていた疲れ
からか、アレンはウトウトしだし、アリスの肩によりかかって寝息をかきはじめた。

「まったく・・・顔に落書きでもしてやろうかしら。」
アレンの無防備な寝顔を前に、アリスの脳裏をいつものイタズラ心がかすめる。そしてペンを
探して手提げ袋の中に手を入れたところで、アリスは草むらの陰から一羽の雪のように真っ白
な、しかし片耳だけは黒い小さな野兎が自分のことを見つめている事に気づいた。まだ子供と
思しきウサギである。アリスはニコと微笑んでその小兎に手招きをした。
「おいで、怖くないよ。」
「・・・・・・」
アリスの手招きに、野兎はしばらく神妙な顔をしていたが、しばらくするとアリスの方に
トコトコと歩き出し、そして鼻をヒクヒクさせながら顔をアリスの手のひらに押し当てた。
けれどすぐに、元いた草むらの方へと逃げ出していってしまった。

「あ!待って!!」
文字通り脱兎の速さで走り去る兎を、アリスは無我夢中で追いかけた。そして草むらから林の
中へと、かなり走り回ったのだが、そこで兎は見失ってしまった。そしてそこまで来てアリスは
重大な事に気がついた。どこをどう来たのか、まるでわからないのである。
「あれ?私・・・どうやってここまで来たんだっけ?」
辺りを見回しても、周りに人の気配はしない。道に迷ったアリスは、ひとまず山を下りようと
した。しかしどんな山であっても道に迷った時に下山するのはタブー中のタブーであるという
事をアリスが身をもって知らされるのには、そう時間はかからなかった。足を滑らせ、派手に
転んでしまったのである。そして数メートル転がり落ち、木に当たって何とか止まった時には
今の転倒で足首を捻挫でもしたのか、その場から動く事ができなくなっていた。

「痛たたたた・・・・・・」
わずかにでもひねると激痛が走る足をさすりながら、木の幹に腰掛けてアリスは空を見上げた。
こんな時は、いつも楽しく聞こえる鳥の鳴き声が妙に腹立たしい。そしてその苛立ちの対象は
アレンにも向けられた。「アレンが人を放って居眠りなんかしなければ」と・・・
しかしどんなに苛ついたって相変わらず足は痛いし人も通らない。しかもさっきまであんなに
明るかった空はどんどん雲が出てきていつ雨が降ってもおかしくない。そのような状況の中、
アリスは幾度となく大声を出して助けを呼んだ。しかし何度叫んでもその声は周囲に虚しく
こだまするばかりである。それからしばらくして、アリスはまた、さっきの小兎が自分の方を
見つめている事に気づいた。

最初はその兎に対してアリスは腹立たしさを感じずにはいられなかった。こいつが自分の視界に
飛び込んできたがために、今自分はこうして身動きがとれずにいるのである。けれどアリスの
そんな苛立ちとは裏腹に野兎は自分の方へと歩み寄ってくるし、兎に当たり散らしても始まら
ない。アリスは自分の懐に飛び込んできた兎を優しく抱きしめた。それにしても随分人間慣れ
している兎だと思いながら。

それから数分後、ついに雨が降り出してきた。しかも夕立らしくかなりの土砂降りである。
木の下にいるとはいえ、大粒の雨は容赦なくアリスの体に降り注いでくるし、天気の異常を
感じたのか野兎もアリスの懐から飛び出し、どこかへ走り去っていってしまった。空はゴロ
ゴロと音を立て始めるし、相変わらず誰も通りそうにない。足首の痛みも、ますますひどく
なってきて、全てがアリスを不安と恐怖に陥れた。けれどそれから間もなく、聞き覚えの
ある声がアリスの耳の中に飛び込んできた。

「おお〜い!アリス〜!!」
「あの声・・・アレン!?アレンなの!?」
それから数秒後、自分の目の前に表れたのは紛れもなくアレン・ハランツその人であった。
アレンを目の前にし、アリスはただ安堵の涙を流すばかりだった。
「アリス、大丈夫か?」
心配そうにアレンが尋ねる。
「あんたねえ・・・この状況のどこをどう見れば大丈夫そうに見えるの!?」
「ま、そう言われればそうだけど・・・足、挫いたのか?」
アレンはアリスが立ち上がれないのを見てそう言うと自分のポケットから一枚のハンカチを
取り出し、またアリスのポケットからもハンカチを取り出させると、二枚のハンカチを結び
合わせ、アリスの足首を靴の上からきつく縛り、そしてアリスに「立てるか?」と尋ねた。
しかしアリスの怪我は、固定されてさっきよりはだいぶマシにはなったものの、本人が思って
いた以上にひどいらしくやはり立ち上がる事はなんとかできても歩くことはできそうもない。
アレンはアリスのそんな様子を見ると、何も言わずにアリスを背中におぶった。

「ちょっと待ってアレン、まさかこのまま下山する気?」
「うん、まあその前に一度上り直すけど。歩道に出ないと危険だし。」
「だ、大丈夫よ自分で歩けるから!!」
「そんな事言ったって下手すると足よけいにひどくするし・・・」
アリスがいくら顔を真っ赤にして降ろせと言っても、アレンはその手を離そうとしない。
結局アレンはアリスをおぶって町の中を通り、アリスを彼女の自宅まで送り届けていった。
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「・・・で、その結果友達に妙な噂立てられるわ、母さんには叱られるわ、アレンのせいで
 エラい目にあったわ。」
「ふ〜ん、でもえらい目にあったって言う割には結構楽しそうに話してたけど?」
「え?そ、そんな事ないわよ!!」
「実は結構嬉しかったんじゃないの?」
「だからぁ!!そーいう関係じゃないって言ってるでしょ!!」
「フフ・・・まあ、それは置いておいて、アレン君もよくアリスのことみつけられたわね。
 それってものすごい確率だと思うんだけど・・・」
「うん、それなんだけどね、アレンに言わせるといきなり野兎に噛みつかれて、それを追い
 かけて行ったら私がいたらしいの。その野兎ってがなんか話を聞くと私が見たのと同じっ
 ぽくって・・・もしかして それって『ライアの力』のおかげだったのかなって今にして
 思うとそう思えるんだけど・・・」
「それは、あり得るわね。ライアの民って呼ばれた人は動物と交信する、強いテレパシー能力を
 持っていたから・・・ライアの血統は特にその力が強かったし。」

ミューはそう言ってアリスの話を否定しなかった。しかしテレパシーで動物を操る事ができる
のは、普通はある程度訓練を積んでからである。それを正式な訓練もせず、無意識のうちに
やってのけたアリスの才能というものに、ミューはある種の薄ら寒さを感じずにいられなかった。

第十一話 完

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