翌朝、一行は夜が明けると同時に荷物をまとめて家を出た。
ここから村まで徒歩で約二時間半、そしてそこからシャトルを置いてある場所
までが馬を使ってもやはり二時間はかかる距離なのである。正直言って、結構
疲れる。そんな雪道を歩き始め、最初の二時間ほどは何事もなく進んでいく。
しかし目的の村まであと少しとなった所で、アリスの様子がおかしくなった。
「どうしたんだアリス？」
「寒い・・・なんだか、ゾクゾクする・・・」
「風邪か？」
「違う・・・村から、すっごく嫌な空気が・・・急ごうアレン！！」
アリスの様子の急変を不思議に思いながらも、アレン達は速度を速めて一路村へと
向かう。そしてそこでアレン達が目にした光景は、アリスの不安が当たっていた
事を示していた。雪に囲まれ、質素ながらも綺麗だった村は機械兵とここに来て
から何度となく目にしてきた異形の生き物達により蹂躙されていた。人々は叫び、
逃げ惑い、炎に包まれている家もあるさながら地獄絵図のような風景。しかしそんな
中でただ一人、口元に薄笑いを浮かべながらその光景を満足そうに眺めている者がいた。
そしてその者はアレン達の存在に気がつくや、さも意外そうな顔をした。
「ほぅ・・・貴様等はたしか・・・」
その男の髪の毛は深い青、目は細く鋭く、顔は痩せ細っている。そしてその男の顔は、
アリスが見覚えがあるものであった。
「あなたは・・・たしかガルムとかいう・・・」
「そうだよ、覚えておいてくれて光栄だよライア・・・お前を殺り損なってからと
言うもの、ルラキルは日増しに発言力を強くし、今まで私に愛想を振りまいていた
連中もルラキルに媚びを売るようになりやがった・・・しかも縄張りのオータムまで
取り上げられた！貴様が悪いんだ・・・全部貴様が！！」
「そんなのただの逆恨みでしょ！」
「ええいうるさい！だから今日は、憂さ晴らしにと手持ちの機械兵団に加え、ここから
南西１５キロにある新設のバイオプラントの生物兵器も用意した！！ネオアリサの町を
破壊したらさすがに責任問題だが、ここなら気兼ねなくできるのでな・・・」
「ちょっと待てガルム！今・・・バイオプラントと言ったか？」
バイオプラントという名を聞き、アレンは思わず声を上げた。
「言ったが・・・それがどうかしたのか小僧？」
「教えてくれ・・・それを作ったのは誰だ！！誰が、開発責任者なんだ！！」
「開発責任者？そんなの聞いてどうしようと考えているのか知らんが・・・たしか、
ケビンとかいう名だったような・・・」
「ケビン・・・それじゃ、やっぱり父さんが・・・」
「ん〜？お前ケビンの息子だったのかぁ〜？」
アレンの言葉に意外そうな顔と口調でガルムは言った。どうやらアレンの素性については
何も知らないらしい。しかしそう聞くと彼はますます嬉しそうに、嫌らしい笑みを浮かべた。
「ならば、ルラキルご執心のライアの小娘と、最近我が機甲兵団の目の上のタンコブな
生物開発チームの所長の息子、二人まとめて処分してくれる！全軍・・・かかれぇいっ！！」
ガルムがそう指示すると、敵は一斉にアレン達目がけて襲いかかってくる。アレン達はギゾの
指示で二手に分かれ、アリスとミュー、そしてテオは怪我人の治療と消火活動に向かい、残った
アレンとギゾの二人だけ出、計百体はいるであろう敵の集団目がけて斬りかかっていった。
「でもギゾ、こんな金属の塊みたいなヤツ、倒せるのか？」
剣を鞘から抜きながら不安そうにアレンが尋ねた。
「たしかに、真正面から行っても勝ち目は薄いかもな。けど、そういう時はこうするんだ！！」
次の瞬間、ギゾの愛槍「ゲイボルグ」が機械歩兵の首の付け根のコード部分に突き刺さる。
すると機械兵はそのままギゾの方に向かっていこうとしたが、数歩歩いてその動きを停止した。
「ま、ざっとこんなモンだ。」
機械兵一体を難なく沈め、得意顔をしてギゾは言う。しかしそんな彼の首筋に、背後の死角
から一瞬で近づいた犬のような形のバイオモンスターが食らいついた。
「ギゾっ！！」
顔を青くしながらアレンが叫ぶ。しかし当のギゾはまるで平気な顔をし、眉一つ
動かさずに槍でバイオモンスターの顔面を貫いた。
「ギゾ・・・平気なのか？」
「ん？ま、あれくらいオーバードライブで筋肉固くしておけばどうって事ないさ。
お前にはまだ教えていなかったっけか？オーバードライブはただ単に馬鹿力で
相手をブン殴るためだけのものじゃないって事。」
「いや・・・初耳だけど・・・」
「そうか、そいつは悪かったな。けど、今はお喋りしてる時じゃなさそうだな・・・
行くぞアレン！！」
そう言うギゾとともにアレンは奮闘し、瞬く間に数十体のモンスターや機械兵がその
機能を停止して地面に倒れ伏す。しかし所詮は多勢に無勢、敵もアレン達だけを攻撃
しているわけではなく、負傷者の数も増える一方である。しかも速度のあるモンスターと
無尽蔵のスタミナを持つ機械兵のいつ止むともない波状攻撃の前に、ギゾとアレンの
肩は下がり、膝は笑い、呼吸も乱れてきた。そしてアレンの集中力が途切れた一瞬の
隙を突いた機械兵の重い拳が、アレンのボディを捉えた。
「うぐっ！・・・く、くそ・・・」
殴られた腹部を押さえながら、アレンの膝が落ちかける。それでもアレンは何とか堪え、
攻撃態勢に移ろうとするが、敵はアレンが弱まったのを見るやギゾの足止めのための
数体を除いて彼一人に照準を絞り、更に苛烈な攻撃を加えようとする。そしてアレンが
守りを固めながらも袋叩きにあっている様を見た瞬間、アリスは自分の中で何かが
弾ける音を感じ、スクと立ち上がった。
「・・・アリス？」
アレンの方を見ながら呆然と立ち尽くしているように見えるアリスに、ミューは訝り
ながら声をかける。しかしその声は全くアリスの耳には届いていなかった。
「何の罪もない村のみんなを、こんな酷い目にあわせて、それにアレンまで・・・許さない
・・・ガルム！あなただけは絶対に！！」
次の瞬間、地面に亀裂が走り機械兵やバイオモンスター数十体が地の底に飲み込まれ、
更に何十本もの巨大な氷柱が突如として空中に現れ、上空の敵を刺し貫く。更には
敵がかたまっている地帯に急に竜巻が巻き起こり、地上の敵を持ち上げては地面に激しく
叩きつけた。
「何？これは・・・一体・・・」
突然の天変地異にアリスを除く全員が我が目を疑った。そして怒りに満ちて半ば正気を
失ったアリスがその両腕を振り上げると、再び地面が割れて数機の機械兵がぱっくりと
開いた地面の中へと飲み込まれていった。
「アリス！？まさかお前が！！」
目の前で起こる、地獄絵図とも言える光景に、アレンは驚愕とともにアリスの名を挙げ、
そして回復テクニックであるサンフォースで自分の傷を癒したミューの方を向いた。
「ミューさん、アリスってこんな事もできるのか！？」
「いいえ、少なくとも私は一度も見たことは・・・アリスの戦闘向きのテクニック能力は
基本的に回復系と戦闘補助のバランス系のみでフォイエやザンと言った直接敵に攻撃
する能力は未習得、こんな事ができるハズは・・・ただ、唯一考えられるのは・・・」
「唯一考えられるのは？」
「テレパシー能力・・・」
「テレパシーってあの念話とかいうヤツか？なんでそれであんなのができるんだよ！」
ミューの言葉の意味が全く理解できず、せき立てるようにしてアレンは尋ねる。それに対し
ミューは静かな口調で、一つ一つ説明するように話し出した。
「元々ライアの民はテレパシー能力に優れていました。戦いではその能力を活かし、土などで
作った異形の者に『コア』となる生き物、例えば虫や小動物を入れ、操らせ、それを
自らの魔力で生み出した『モンスター』と称して戦いに使いました・・・しかしアリスは
生物を媒介とする戦い方は嫌って、ほとんど練習をしていなかったのですが・・・」
「だからそれが今のアリスが起こしている地震とかとどう関係が・・・まさか！！」
「そう、アリスは自然物に直に語りかけ、その力を借りているのです！本来水や空気という物は
虫や小動物などの生物と違い、感情と呼べる物はほとんど無く、それをコントロールする事は
古来ライアの民といえどもまともに成功した試しがないのですが・・・」
アレン達がそう話しているうちにも敵の軍団は次々と、ある者は大地に飲み込まれ、ある者は
竜巻に巻き上げられと瞬く間にその数を減らして行く。そして全ての機械兵とバイオモンスターを
失い、後ろを見せて逃げ出そうとするガルムの肩をアリスの放った矢がかすめ、ガルムはその場に
ヘナヘナと座り込んだ。
「雑魚は全部片づけたわ・・・次はあなたの番よガルム！」
ガルムのそばまで歩み寄ると、目の前のガルムを見下ろしながらアリスは言う。するとガルムは
手を合わせ、涙を流し、ペコペコと何度も土下座をしながらアリスに許しを請いはじめた。
「ひ・・・ひいぃぃぃぃ！！す、すまん！お、俺が悪かったぁ！！だから命だけは・・・」
「・・・・・・」
「た、タダとは言わん！一万メセタ、二万メセタ・・・いや、欲しいだけやる！だから命は、
なっ！なっ！！」
腰を抜かして尻餅をつきながら、ガルムは手を合わせてアリスの前で命乞いをした。そんな
ガルムを前にアリスは無言のまま動かない。ガルムはもしかしたら命が助かるのではと思い、
更に嘆願を続けたが、そこで自分の座っている所が凍り付き、身動きが取れなくなっている事に
気がついた。
「な・・・か、体が凍り付いて・・・こ、これは一体！？」
そしてガルムがアリスの方をむき直すと、アリスの頭上に巨大な、鋭い氷柱が、今にも自分目がけ
投げつけられんとしている。そしてアリスは冷たい目をして自分の方を見つめていた。
「これが、答えよ・・・死になさい！！」
「うっ・・・うわぁぁぁああああぁぁぁ！！！」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「ア・・・アレン・・・？」
「ダメだアリス・・・殺しちゃ・・・」
その瞬間、アリスは我が目を疑った。自らが放った氷柱はガルムではなく、その前に立ち塞がった
アレンを突き刺していたのである。氷柱が突き刺さったアレンの腹部からは鮮血がしたたり落ち、
その光景を前にアリスは絶叫とともに我に返った。
「なんでよ・・・なんでこんなヤツをかばうのよ！！」
さっきまでよりは平静さを取り戻しているとは言え、やはりまだ興奮した、叫ぶような口調で
アリスは言う。そしてその様子を見たガルムは、今度はアレンに向かい命乞いをしだした。
「お、おいケビンの息子！このライアの小娘の仲間なんだろ？頼む！俺の代わりに謝ってくれ！！」
「勘違いするな！」
アレンは自分の背後でそう言うガルムに耳障りだと言わんばかりな一喝とともに彼のみぞおちに
蹴りを入れると、呼吸が止まり苦しそうにうずくまるガルムを一顧だにせずに、またアリスの
方に向き直した。
「オレがかばったのはこんなヤツじゃない・・・アリス、お前なんだ・・・」
「え？私を・・・かばう？」
「こんなヤツでも、殺したりしたら、アリスは絶対後悔するから・・・絶対、傷つくから・・・
少なくともオレが知ってるアリス・ランフォードはこんな外道でも殺して平気な人間じゃ絶対
ないから・・・」
「アレン・・・」
「だから、アリス、どうしてもお前がこいつを許せないって言うんだったら・・・こいつは・・・
・・・・・・オレが、殺す・・・」
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