「この子が・・・リックがオレのクローン？もう一人の・・・オレ？」
父ケビンの言葉の意味を、アレンは最初全く理解する事ができなかった。
クローンだの何だのと言う初めて聞く言葉を並べられたのでは無理もない。
そんなアレンに、ケビンは一つ一つ説明をし始めた。
「うむ・・・説明するとだな、人間に限らず全ての動植物は自分の体の情報
を全身に取っておいてある。それを”遺伝子”と言ってだな、それが新陳
代謝を助け・・・分かりやすく言えば怪我をして体が傷ついてもそれが
治って次に出てきた新しい皮膚が以前の物と変わらない物となって出て
くるのも、遺伝子の働きによるものだ。」
「・・・・・・分かるような分からないような・・・」
「しかし体の各所の遺伝子というのは、自分の”受け持ち”の部分だけの
情報を記憶しているのではない、ほぼ全身の情報を網羅している。古代
アルゴルではその技術が高度に確立されていて髪の毛の一本も有れば
死人さえ蘇らす事ができたそうだ。」
「それは聞いた事があるけど、本当だったのか・・・」
「そうだ。そして私達は総督の命によってその遺伝子を有効利用した新たな
生命体の作成に取りかかる事となり、そして何度も試行錯誤を繰り返した
結果が、この『リック』、こいつは通常の人間の約十二倍、つまり一ヶ月で
普通の一年分肉体的に成長し、しかも戦闘能力は熟練された軍人のそれを
遥かに凌駕する。ただ唯一まだ克服できていない問題点があるのだ・・・」
「なんだよその問題点って・・・」
「寿命が、極端に短いのだ。おそらく三年か四年しか生きられない・・・」
「父さん！」
アレンはその言葉を聞くとケビンの胸ぐらを掴み、今にも殴りかからん
ばかりの形相で、しかし目にはうっすらと涙を浮かべて父に怒鳴りつけた。
「なんで・・・なんでだよ！！どう考えてもおかしいよそんなの！！」
「アレン！」
横からアリスがアレンを止めようとする。しかしアレンは相手にしない。
「じゃあリックは何のために生まれてきたんだよ！生まれながらにして
”兵器”だなんて！三年くらいしか生きられないなんて！！・・・さっき
までオレは、こいつがオレのクローンだろうと、ティリアに連れてって
本当にオレの弟として、家族の一員として一生を送らせてやれれば
それでいいと思ってた！リックが自分のことを本当にオレの弟だと思って
いるのなら尚更だった！なのにこいつは・・・・・・・・・可哀想すぎるよ、
そんなの・・・」
そう言うアレンの声は少しずつ涙ぐんでくる。しかしそんなアレンとは
対照的にケビンは詫びるでもなく、開き直るでもなく、能面のように表情を
何一つ変えず、黙ってアレンの怒りの声を聞いていた。
「そうなるって危険性は考えられなかったのかよ！どうなんだよ父さん！！」
「よしなさいアレン！！」
後ろの扉が開き、そしてそこから女性の鋭い声が聞こえてきた。アレンはその
声にすぐに首を振り向かせる。そこにはやはり父同様、少し痩せた母マリアが
立っていた。
「母さん・・・」
「教えてあげるわ・・・なんで私達が、人から見れば悪魔とも蔑まれるような、
実の息子からも唾棄されるような研究をしたのか・・・」
「よせマリア！！」
マリアの言葉にケビンは初めて顔をこわばらせ、彼女の言葉を止めようとした。
しかしマリアは多少声を震わせながらも、言葉を止めようとはしない。
「総督に脅されていたのよ・・・言われた通りの研究をしないと、しかも
ある程度の期限を守らないと、アレン、あなたの命は保証しないって・・・」
「え・・・・・・・？」
母マリアの言葉を聞くと、アレンは目を見開かせ、そして呆然と立ち尽くした。
「そんな・・・じゃあ、オレを守るために？そんなのって・・・」
父の襟首を掴んでいた手が力無く外れ、ガクリと膝をつく。ケビンはその横で
襟を直しながらアレンに話しかけた。
「そういう、事だ・・・あれほど言うなと言っておいたのに・・・マリア・・・」
「仕方ないでしょう・・・アレンにあなたを憎ませたくなかった・・・」
マリアは声を震わせながらケビンに言った。この事をアレンに話すのは、当然
彼女の本意ではない。さっきのアレンとケビンのやりとりもドアの外で聞いて
いたのだが、その場で二人の話を聞きながら短い時間だったが思い悩み、その
結果としての行動だったのである。横でその一部始終を見ていたアリスも今は
何と言って良いのか分からない。そして時間にすると数十秒だが、その場にいる
者にとってはとてつもなく長い沈黙の後アレンは立ち上がり、目の前の壁を思い
切り殴りつけた。
「またか・・・」
「・・・アレン？」
「また・・・オレが弱いせいでみんなに迷惑を・・・」
「アレン・・・」
「くそっ！・・・くそっ！！」
殴りつけた拳をそのまま壁に当てながら涙を流して悔しがるアレン、ケビンは
そんなアレンの肩をポン、と叩き、言った。「そう気に病むなアレン」と。
「”気に病むな”ってこれを気に病まなかったら何に気に病むんだよ！オレが
強ければ父さんや母さんは総督に脅されなかった！リックだって、生まれずに
すんだ！いや・・・生まれるとしても兵器としてじゃなく生まれられた！！」
「アレン！落ち着け！！」
右手でアレンの肩を掴みながら、怒鳴るような口調でケビンは言った。そして
次は諭すような、慰めるような口調でアレンに言葉をかけた。
「いいか、相手は総督・・・もっと言うのなら政府であり国なんだぞ？そんなのを
相手に勝てる人間がどこにいる？それに、たとえお前がこの世界の誰よりも
強かったとしても、だからといって『殺すのなら勝手に殺せ』と言える親が
どこにいると言うんだ？」
「・・・・・・」
「それにな、リックは、たしかに”兵器”としての性格も持っているが、紛れも
ない私達の家族としての性格も持っているのだ、お前が見たリックは、まさに
それだ・・・この子が二つの性格を持っている事は、総督には内緒だがな。」
「じゃあ、リックは・・・でもそれも・・・」
「ああ、それもリックにしてみれば迷惑な事だろうな・・・エゴだとは分かって
いるのだ、親のエゴだと・・・しかし、親が子離れするのは子が親離れするの
より何倍も難しい・・・お前にはまだ分からんだろうがな。」
ケビンはアレンに少し申し訳なさそうに言った。そして更に言うにはリックの
持つ二つの性質、普通の子供としての性質と戦士としての性質は完全に分離
されており、自分の持っている特殊なスイッチを使わないと切り替えることは
絶対に不可能だと言う事だった。
父にそう言われ、アレンにはその事について何も言い出せなかった。
両親の行った事はいわば人工的に複数の人格を一人の人間の中に作る事である。
それがモラル的に正しいかと聞かれれば、それは間違っているというしか無い
だろう。しかも常人の十二倍もの成長スピードと短命・・・リックが普通の人間と
しての人格を持っていても、だからといって普通の社会の中で生きていくには
妨げとなる物はあまりにも大きいのである。兵器としてその短い一生を過ごした
方が彼にとって幸せなのではないだろうか？そんな考えが頭をよぎる。しかし
ただひたすら兵器としての道を歩み続ける自分の子供を、自分が両親の立場で
あったら見るに耐えられるだろうか？両親がリックに二つの人格を持たせた
本当の理由は、単に親として自分のそばにいる子供を可愛がりたいという物
ではなく、そこにあるのではないのか？そんな色々な考えがアレンの頭の中を
ぐるぐると巡り、アレンは何も言葉に出す事ができなくなってしまった。
「どうした？アレン・・・」
「分からない・・・分からないんだ・・・結局どうすれば良かったのか・・・」
「仕方ないさ、この世ってのは正しい事は必ずしも一つじゃない。正しい事が
一つの時もあれば沢山ある時もある、一つも無い時もあるんだから。お前は
その中でお前が一番正しい、または一番マシだと思う道を生きればいい・・・」
穏やかな顔でアレンの肩を数回叩きながらケビンが言った。
「うん・・・」
「それにしてもアレン、お前がこの部屋に入ってきた時、父さん正直言って
驚いたんだぞ。あまりに立派になっているのにな。なあ母さん？」
「ええ・・・でも、こういうのも側にいないと分からないからねえ・・・」
「ま、その成長が父さん達の手による物じゃないってのが不服と言えば不服
なんだけどな。」
ケビンは口元にうっすらと苦笑いを浮かべながらアレンに言った。
「そんな事言うなよ父さん・・・少なくとも三年前までは、今のオレの下地は、
紛れもなく父さんと母さんのおかげなんだから・・・」
「そうか・・・そう言ってもらえると嬉しいぞ・・・」
アレンとケビンはそう言うとさも愉快そうに笑い出した。マリアも、そして
アリスもそれにつられるようにして笑い出し、小さな研究室は四人の笑い声
で満ちあふれた。
「そうだアレン、それにアリスちゃんも何か飲まない？」
マリアは研究室の隅にある小さな冷蔵庫を開けながら二人に言った。
「いや・・・今はいいや。すぐに出なくちゃいけないし。」
「え？出るって・・・どこに？」
「一緒にここまで来た友達がまだ見つかってないんだ。みんなを探している
時にリックに出くわしてここに連れてこられたから・・・」
「そうなの？でもお茶の一杯でも飲んでから行っても・・・」
「いや、後でもらうよ。ありがと。行こうか？アリス。」
「うん！」
アレンの呼びかけにアリスは笑顔でうなずいた。
「悪いな、身内のゴタゴタで時間喰わせちゃって。」
「私はいいけど、みんなが心配ね・・・ま、大丈夫だとは思うけど。」
「何はともあれ、ちょっと急いだ方がいいな・・・じゃ、父さん、母さん、ヤボ用
済ましたらすぐに戻って来るから！お茶は六人分お願いね！！」
両親にそう言いながらアレンは扉を開けた。しかしすぐに何かにぶつかり、目を
そっちに向け直す。するとそこには総督が仁王立ちに目の前に立ちはだかっていた・・・
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