「総督・・・」
「ティーズ・ド・フラン・・・」
その瞬間、四人の顔から笑顔が消えた。
「せっかくの団欒を、邪魔してしまったかな？」
やや嫌味っ気を含んだ口調で総督は言った。
「随分、簡単に脱走できたみたいだな・・・どんな手を使ったのかは
関係ないし興味もないがな。」
アレンとアリスの方を見ながら総督が言う。ケビンはそんな総督の
前に進み出、敬礼をするとやや緊張した口調で総督に質問をした。
「ほ、本日はどのような御用でしょうか？閣下。」
「なに、大した事ではない。ただ良い機会だと思ってな。」
「機会、ですか？」
「そうだ・・・お前達の作った強化人間の性能テストのな。」
「リックでしたらあと五分もいただければ戦闘準備が整いますが、
今回はいかなる環境でのテストでしょうか？」
「普通の実戦訓練だ・・・オリジナルとのな。」
「オリジナル・・・まさかアレンとですか！？」
声を荒げケビンが言う。しかし総督の声はあくまで冷ややかだった。
「せっかくオリジナルがいるのだ、しかもオリジナルの方の戦闘
能力も通常人にしては低くないと聞く。なかなか面白いテストに
なるとは思わないか？」
「お、お言葉ですが総督！アレンもリックも大切な息子です！それに
殺し合いをさせる事は親としてさせられません！」
声を恐怖で震わせながら、しかし怒鳴るような声でケビンは言った。
そしてマリアもそれに続いてアレンとリックを戦わせる事に反対する。
しかし次の瞬間、総督は目にも留まらぬほどの速度でケビンとマリアの
後ろに回り込むと二人をを両脇に抱え込み、リックの行動を制御する
リモコンをその手に掴んでいた。
「父さん！母さん！！」
「さあ、テストを始めようか？」
アレンに彼の武器である長剣を投げ返して総督は言った。
「ぐ・・・アレン、私達に構うな！アリスちゃんを連れて逃げろ・・・戦闘
状態のリックの力は一個小隊を凌駕する！お前に勝ち目はない！！」
「早く逃げなさいアレン！」
総督に捕まったままケビンとマリアはアレンに一刻も早くここから
逃げるように促す。しかしアレンはそんな両親に静かに答えた。
「父さん、さっきオレに言ったよね子供のことを『殺すなら勝手に殺せ』
なんて言える親はいないって。それと同じだ・・・親のことを『殺すの
なら勝手に殺せ』なんて言える子供もいないんだよ・・・」
「アレン・・・」
アレンがそう言うとケビンとマリアはうつむき、総督はニヤリと微笑んだ
「親思いの息子を持ったな、ハランツよ。もっともそれによってお前達は
より辛い物を見る事になるかもしれんがな・・・行くぞオリジナル。」
総督はそう言うと手元のリモコンのスイッチを入れた。するとさっきまで
死んだようになっていたリックはムクリと起き上がり、手元に置いてあった
刃の長さこそ短いものの横幅はだいぶ広い剣を手に取るや無言のまま
アレン目がけて襲いかかった。
「危ない！」
間一髪でアレンはリックの攻撃をかわし身構える、アリスもまたアレンを
援護しようと戦闘態勢を整えるが、アレンはそれを止めた。
「手出しはするなよアリス・・・リックは一人なんだ。そのリックに二人で
戦っちゃいけない・・・」
「なにバカ言ってるのよアレン！この際そんなの関係ないでしょ！！」
「いや・・・リックは、生物兵器として嫌な思いをきっと沢山してきた・・・
そんなリックにこれ以上嫌な思いをさせちゃいけないんだ・・・まして
兄であるこのオレがそんな事をしちゃ・・・」
「アレン・・・」
アリスは不思議そうな顔でアレンを見つめた。けれどアレンがそう言うからと
言ってただ呆然と二人の戦いを見ているわけにはいかない。だからアリスは
テレパスを使い空気を操り総督を攻撃し、ケビン達を放させようと考えた。
しかし、いつもはアリスの呼びかけに即座に反応するのに今回は何の反応
もしようとはしなかった。
「どうした？顔色が悪いぞライアの小娘。」
口元に薄笑いをうかべながら総督は言った。
「な、何のことかしら？」
「とぼけなくても分かるさ、テレパスを使い私に攻撃をしようとしただろう。
だが、それは意味の無い事だ・・・」
「なんで・・・」
「私も自然物とは仲間だからさ、お前と一緒でな。だから攻撃を躊躇している
のだろう・・・」
「え？」
「テレパスを使い自然物と対話できるのは、何もお前一人ではないという事だ。」
「そんな・・・」
「もっとも、私もテレパスを使っての攻撃をお前にする事もできないようだがな。
しかし私の武器はそれだけではない・・・例えばこのようにな。」
そう話す総督の腕の周りにどす黒いエネルギーの流れが形成される。
それは間もなく一つに収束され、そしてアリス目がけて放たれた。
「アリス！」
アレンはとっさにリックの体に蹴りを入れ、その反動を利用してアリスに
飛びかかる。間一髪ティーズの黒い波動はアレンにもアリスにも当たらず
後ろの壁に命中した。しかし命中した鋼鉄製の扉はブスブスと音を立てて
溶けだしており、その威力の程は想像するに余りあるものがあった。
「大丈夫か？アリス。」
アリスの体の上にのっかったままアレンは言った。
「う、うん・・・アレンこそ大丈夫なの？」
「喰らっていたらこうして話ができているワケないだろ？」
「まあ、そりゃそうだけど・・・」
「だろ？・・・アリス、とりあえずお前だけでも逃げてくれ・・・」
「え、でも・・・」
「はやく！ここから出さえすればテレパスも使えるだろう！・・・それと無理を
してまで他の仲間を助けようとは思うなよ・・・あの四人がそう簡単にヘマを
踏むワケがないんだから・・・」
アレンが起きあがりながら優しくアリスにそう言い聞かせると、アリスは静かに
うなずいた。
「うん・・・わかった。こう言うのも無責任だけど・・・死なないでねアレン。」
「オーケーオーケー、不思議と何とかなりそうな気がするんだ、この勝負。」
アレンがニコと微笑んでそう言うと、アリスはドアを開け足早に部屋から
逃げ出し、全速力で駆け出していった。
「ホントだ・・・部屋から出たらテレパスが使える・・・でも、あんな土壇場で
役に立てないなんて・・・アレン・・・」
アリスはあの土壇場で何の役にも立てなかった自分を呪いたくなった。情け
なくて涙が出て来そうになった。でもそんな悔し涙を流す暇さえも与えさせ
ないと言わんばかりに衛兵がアリスの前に立ちはだかった。
「何者だ！何故このような所にいる！！」
衛兵はアリスに対し威圧的な態度で言う。しかしアリスも全く怯まなかった。
「ワケを話してる暇はないのよ！通してもらうわよ！！」
「そうはいか・・・な！？足が凍り付いて・・・こら待て貴様！」
わめく衛兵を後目にアリスは再び走り出す。そして全力で何百メートルか
走り続けたところで、ようやく自分が探している人物に出会った。
「ギゾさん！それにテオさんも！！」
「無事だったんですねアリスさん！・・・他の方は見ませんでしたか？」
やや不安そうな口調でテオはアリスに尋ねる。それに対してアリスはありの
ままを答えた。
「アレンとアレンのクローンが戦ってる？？？しかもその場に総督もいた！？
なんか今一つ事情が飲み込めないがエラい事になってるみたいだな・・・」
「それならアレンさんを助けに行かないと・・・」
アリスの言うことに意外さを隠せずにいるギゾとテオだったが、次に何を
するべきかについて二人の意見は一致しているように見えた。そして今度は
アリスが、ガズニとミューを見なかったか二人に尋ねた。
「ガズニ大佐は見た・・・って言うか俺達を牢屋から出してくれたのが
そもそもガズニ大佐なんだけどな。自分は牢番を言いくるめて出させて
もらったとか言っていた。」
「でもアリスさん達三人が周りに見えなかったので一緒に探そうと言った
のですがガズニさんは自分は一人の方がむしろ怪しまれないからと言って
無理矢理一人で行ってしまって・・・アリスさんにあった時はてっきりガズニ
さんに助けてもらっていたと思ったのですが違うのですか？」
「え、ええ・・・私はアレンと二人で、古典的手段ってので・・・」
「ふ〜ん、古典的手段、ねえ。まあ大体の想像はつくが。」
アリスの言葉にギゾは軽く頷いた。
「で、私達はどうするの？アレンを助けに行きたいし、ガズニさんとミュー
さんとも合流しなくちゃいけないし・・・」
「そうだな・・・アリス、アレンのいる場所からここへの道順は分かるか？」
ギゾにそう聞かれるとアリスはバツの悪そうな顔をして人差し指でこめかみ
のあたりをポリポリと掻いた。
「いや、それが・・・無我夢中で走って来たから・・・」
「そうか・・・まあ俺達も当てずっぽうに走っていたんだから人の事は
言えないか。と、なると・・・」
ギゾがそこまで言うと彼らの存在に気付いた衛兵が何人か向かってくる。
三人でそれを難なく打ち倒すとギゾは倒れている衛兵のうち一人の胸ぐら
を掴んで話しかけた。
「すまんがちょっと道を聞きたいんだが・・・」
「な、なんだ・・・？」
「生物研究班のケビンってのがいる所にはどう行けばいい？」
「ぐ・・・知らん・・・」
まだ若い衛兵はギゾの問いかけに対しシラを切ろうとする。しかしギゾは
衛兵がそう言っている間に彼のポケットから一枚の紙切れを抜き取り、
それを意地悪そうに衛兵に見せた。
「ほぅ？ならこれは何なんだ？」
「あ！貴様いつの間に・・・」
「このあたりの見取り図に見えるのは俺の気のせいかなぁ？こんなの持ち
歩いてるって事は、さては新米だなお前？しかも方向音痴。」
「ぐ・・・う、うるさい！黙れ！」
顔を赤くしながら若い衛兵はわめき散らす。しかしギゾはそんなのを全く
相手にせず地図で自分の現在地を確認しはじめた。
「えっとさっきここの部屋の前を通り過ぎたから今はこの真ん中辺り
か？で、生物研究班主任室ってのがここ、と。で、今はミューと
ガズニがどこにいるのか全く分からない。こんな状況で俺達まで
手分けをすると効率は落ちるし危険も高まる。だからまずは三人
全員でアレンを助けに行って、そこからまたガズニとミューを探し
に行くってのでどうだ？」
「え、でもそれじゃ二人が危なくない？」
不安そうな顔でアリスが言う。しかしギゾは平然と「かもしれない」と
答えて言った。
「かもしれないってギゾさん！」
「いいかアリス、今の俺達にできる事は、確実に助けられそうな奴を
優先して助ける事なんだ。ここで少ない人数を更に手分けしたら、
俺達も危険になるんだぞ？ここは敵の本拠地だという事を忘れるな
アリス・・・冷たいようだがな。」
ギゾはそう言うと立ち上がり、地図の指すアレンのいる方へと歩き
はじめる。続いてテオも立ち上がり、アリスの肩をポンと叩いて
「あの人も辛いんですよ。」と言った。
そしてアリス達がそのようなやりとりの後、アレンの方に向かいだした
その頃、アレンとリックの戦いはまだ続いていた。
「（やっぱりだ・・・）」
リックの連撃を防ぎながらアレンは感じていた。
「（上段右、下段左、そして中段突き・・・リックの考えが直接脳に伝わって
来る・・・もしかしてリックがオレのクローンだからか？何にせよこれなら
いけるかもしれない！）」
アレンが防御している間も、リックの攻撃は激しさを増す。外から見ると一見
リックが一方的に押しているように見えるが、しかしまともに喰らった攻撃は
今まで一つもない上に防御に徹したアレンに対し攻撃一辺倒だったリックの
方には少しずつ疲れの色が見え始め、攻撃スピードが落ち始めていた。
「妙だな・・・攻撃力、スピードともに強化人間の方がオリジナルを何倍も
上回っているはずなのに、何故こうも攻めあぐねるのだ？」
二人の戦いの様子を見て総督は不思議そうに言った。自分の計算ならもうとうに
決着はつき、アレンの屍がそこに横たわっているべきなのに、依然として戦いの
決着はつかない。それどころか本来戦闘力で劣るハズのオリジナルの方に少し
ずつ戦況が優位に傾きかけているのである。こんな事は完全な予想外だった。
「まさかオリジナルとクローンゆえに相通じるものがあるのか？・・・考えられん
事ではないな・・・それがオリジナルにのみ優位に働いているのは狂戦士として
戦闘モードに突入しているクローンにはそこまで気が回らないからか？ならば
通常のモードに戻せばオリジナルの考えは読めるようになるかもしれんが、
そうなると戦闘を拒否する可能性が高い・・・ならば・・・」
「総督！そのボタンだけは！！」
総督の指がリモコンの中の一カ所だけカバーが二重にされている赤いボタンに
伸びるのを見るやケビンとマリアは必死の形相でそれを止めようとする。しかし
それは全く意味をなさない事であった。ティーズは脇で騒ぐ二人を完全に無視
してリモコンの右下にあるそのボタンを押す。するとリックの目が赤く輝き、
人間の声とは思えない、獣のような叫び声をあげるとさっきより更に速い
速度でアレンに斬りかかった。
「バカな！リックの攻撃がさっきと段違いに速くなった！しかも何でだ？リックの
攻撃から何も伝わって来ない・・・」
「逃げなさいアレン！！今度こそ本当に殺されるわよ！！！」
「今のリックは己の全筋肉、全神経の力を１００％解放している！しかも痛覚は
完全に遮断され、殺戮以外の思考能力もない！こうなったらリックは狂戦士
さえも通り越した殺人機械に過ぎん！！」
「殺人・・・機械？１００％の力？」
二人がアレンにそう叫ぶ間もリックの波状攻撃は絶える事なく続く。前より
スピードが上がっている上に予測のつかない攻撃を前にアレンの体は少しずつ
切り裂かれてゆき、少しずつ体が朱に染まっていく。けれどそんなアレンの
脳裏に以前ミューが言っていた言葉が思い出された。
「（そういえば機械兵と戦った後ミューさんが言ってたな『機械は常に１００％の
力を出せる、それに対して人間はせいぜい５０〜６０％の力しか引き出せない。
その時点で私は他の人よりアドバンテージを持っているけれど、でも、いざと
いう時に己の能力の１２０％、１３０％の力を出せるのは人間だけなんだ』って。
こうなったら、ミューさんのあの言葉にかけるしかないな・・・）」
幸い、まだリックの攻撃は一撃も急所喰らってはいない。出血量の割にはまだ
戦えそうな気がした。そしてアレンは、防御の構えを解いた。
「バカかアレン！防御しなくてどうする！」
「・・・今までのオレは、リックの攻撃を防ぐしかできなかった・・・だけどそれ
でも早晩やられる！それなら！」
「アレン！」
そこから先のケビン達の言葉は、アレンの耳には入って来なくなった。アレンは
ただリックの動きにだけ全神経を集中させた。視覚、聴覚、そして空気の流れ・・・
貝のようにガードを固めていては空気の流れは感じ取れない。防御を解いた今は
少なくとも今までよりは空気の流れとリックの動きを感じ取れるようになっていた。
「グゥオオオオオォォオオオ！！」
アレンの背後を取ったリックの凶刃がアレンに迫る。アレンは紙一重の差でそれが
急所を斬り裂くのをかわした。体に当たってはいるので傷口から血は流れてくる。
だがアレンは防御を固め直す事はせず、呼吸も乱れなかった。再びリックが奇声と
ともにアレンに斬りかかる。今度もまた当たった。しかしリックの狙った場所と
当たった場所の距離はさっきより遠くなっていた。そしてもう一度、リックが今
までの攻撃の中で最高のスピードと破壊力をもって斬りかかった時、アレンの体が
流れるような動きを見せた。
「そこだ！！」
アレンの蹴りがリックのみぞおちに命中する。普通の人間なら呼吸が止まって
しばらくは立てないであろう。しかし痛覚の無くなっているリックは即座に立ち
上がり、またアレンに斬りかかろうとした。しかし今度はリックが動くと同時に
アレンも動いた。リックの動きの流れに乗り、そしてその裏をかく、今のアレンに
とってそれはそんなに難しい事ではなくなっていた。
「バカな！オリジナルがクローンの背後を！！」
アレンがリックの背後を取った時、さすがの総督も顔色を変えた。あまりに予想外
である。アレンはそこからリックの事を羽交い締めにし、その耳元で叫んだ。
「もうよせリック！勝負は見えた！」と。しかしリックはアレンの声は聞こえて
おらず、体を激しくバタつかせながら人の声とは思えない叫び声をあげ続けた。
「グ・・・ウォオオオオオ！！」
体を揺すらせ、リックの至近距離からの肘撃ちが何発かアレンに入る。アレンは
自分の肋骨が何本か折れるのを感じ、口から血を吐きかける。しかしそれでも
アレンは必死にリックを説得し続けた。
「オレとお前が、これ以上戦って何になるって言うんだ！お前の好きなパパや
ママを悲しませる事になるんだぞ！」
「・・・・・・オォオオオオオ！！・・・・・・パ・パ・・・・マ、マ・・・？」
「そうだ・・・オレ達はみんな家族だろ？家族同士争う事はないんだ！」
「・・・カ・・・カゾク・・・？・・・ソノ声・・・アレン、兄ちゃん・・・？」
「そうだ・・・兄ちゃんだよ・・・さあリック・・・みんなでティリアに帰ろう・・・」
アレンの優しい声での呼びかけとともにリックの体から少しずつ力が抜けていき、
目もはじめに出会った時のそれに戻っていった。ケビンとマリアはそれを見て
驚きの表情と共に嬉し涙を流しだした。
しかし、それは一瞬の事にすぎなかった。
総督が無表情のままもう一度赤いボタンを押すと、リックの瞳の色が再び変わる。
そして不意をつかれた形となったアレンの羽交い締めをふりほどき、アレンを
壁の方に思い切り投げ飛ばした。
「く・・・空気の流れを掴めるようになるまでに、相当攻撃を喰らっちまったし
骨も何本か折れてるし・・・ヤバい・・・」
「う、うぉおおおおおお！！」
雄叫びをあげリックは再び飛びかかる。しかし今度はその攻撃対象はアレン
ではなかった。リモコンを持つ総督目がけて飛びかかり、リックの剣は総督の
右腕の付け根に突き刺さる。総督はすぐにそれを引き抜いたがその隙にケビンと
マリアは総督の腕から逃れ、アレンの方へと駆け寄っていった。
「くっ・・・小賢しい真似を！」
傷口をテクニックで一瞬にしてふさぐと、総督はネイソードを鞘から抜いた。
そして自分の心臓に正確に狙いをつけてとびかかるリックの心臓を逆に一瞬
にして刺し貫いた。リックはそうなった後も少しだけ体を動かせ総督に攻撃を
しようとしたが、すぐに力尽きて動かなくなり、そして総督は全く動かなく
なったリックの体をアレン達の方へ投げつけた。
「私に一撃を入れるあたりはさすが強化人間と言うべきか。しかし所詮試作品
まだまだ実戦レベルには遠いという事か・・・」
「リ・・・リック・・・そんな・・・呆気なさすぎる・・・貴様！！」
アレンは怒りにまかせティーズに斬りかかった。しかし出血多量で骨も少し
折れている今のアレンは到底彼の敵ではない。ティーズの体にかすり傷一つ
つけるのが今のアレンの限界だった。しかしそれだけでも、ティーズの方に
してみれば意外な事であるらしかった。
「やるな・・・強化人間の性能の高さはその環境による物と思っていたが、
オリジナルの素質の良さも一因か・・・」
「うるさいんだよ！さっきからクローンだのオリジナルだのって！！オレは
アレン！こいつはリック！たまには本名で呼んでみろってんだ・・・」
「お前が、今一度私の前に来られたら考えてやろう・・・」
「こ、こら待て・・・」
ティーズを追いかけてアレンは表に出た。しかしそこに総督の姿は既になく
代わりにそこで待ちかまえていたのは数十機の新型機械兵である。アレンは
それらの敵を前に、抑えきれぬ怒りがこみ上げてくるのを感じた。
「二人とも下がってて！・・・行くぞ・・・今のオレは頭に来てる・・・」
剣を抜き、機械兵をにらみ付けながらアレンは言った。少し前の自分だったら
まず勝てない相手だろう。しかし今のアレンにはこれらは何ら恐怖の対象とは
なりえなかった。攻撃前の相手のわずかな動きを全身で感じ取り、それに
合わせて動く。その瞬間アレンの姿は敵の眼前から消え、そして再び彼の
姿をその視界に捉える事なく倒れて行くのである。アレンが剣を抜きいて
から数十秒で、機械兵は全てアレンに中枢回路を切断されてその機能を停止
させられていた。そして全ての機械兵が倒れると同時に、アリス達三人が
アレンの前にやって来た。
「今のは何だったんだアレン？俺の目でも見切れないなんて、およそ人間の
スピードじゃ・・・」
「いや、スピードはそんなに出てないさ、ただ空気の流れに乗っているだけ・・・」
と、そこまで言ってアレンは片膝をついた。仲間と会えた安心感から連戦の
疲れが一気に出たらしい。アリスが駆け寄ってサンフォースをかけたので傷口
だけはふさがったが、だからといって流れ出た血が元通りになるわけではない
ので、アレンはやはり少し辛そうである。と、そこに、また聞き覚えのある
声が聞こえてきた。
「おぉ〜い！みんな無事か！？」
アレン達の方に駆け寄りながらギゾが言った。その腕には大きな袋がぶら下げ
られておりその中にはアレン以外の全員の武器が入っている。そして彼の背中
にはミューがおぶさっていた。
「ミューさん、ケガしてるんですか？」
「ええ、ちょっと総督相手にしくじっちゃって・・・ここじゃ手当も十分にできな
かったし・・・それで独房にいたところをガズニさんに助けてもらってここまで
背負ってもらって・・・私は平気だって言ったんだけど・・」
「へぇ〜優しいのねガズニさん！」
「わ、ワシを誰だと思っておる！総督直轄軍第一部隊長ガズニだぞ！軍人たる
者が困っている民間人に手を貸すのは当然の職務だ！！」
アリスの言葉にやや照れながらガズニは言った。ギゾやテオもその光景に笑顔を
見せるが、アレンには笑う気力も体力もなく、ただ地面に座ったままうなだれていた。
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