「立てますか？アレンさん。」
しばらくそのまま座り込んでいたアレンに心配そうにテオが
尋ねた。
「ああ・・・ただ、ちょっと血が足りないかなぁ。いくら急所に
もらわなかったって言っても攻撃を喰らいすぎた・・・ま、
収穫が全然無かったわけじゃないけどさ・・・それに、オレは
まだ、こんな所でくたばれないんでな・・・」
アレンはテオにそう言った。今し方リックを目の前で殺された怒りは
まだ少しも醒めていない。「敵は全て斬る」くらいの心境である。
しかし身体は言う事を聞いてくれない。そんな所にまた敵の足音が
聞こえてきた。
「ケガ人のアレンとミューは下がっていた方がいい・・・」
音が近づいてくるとともに額に冷たい汗を流し、ギゾは言った。
そして前後の扉が開くと、一斉に敵が襲いかかってきた。ビルの
中の機械兵を全部使い切っているのではと思えるほどの、雲霞の
如き大軍である。それらを前に、ギゾはガズニから自分の愛槍、
「ゲイボルグ」を受け取ると真っ先に敵陣に切り込んでいった。
「ブッ壊されたいヤツから前に出やがれ！」
背後からガズニのネイショットによる援護射撃を受けながらギゾは
並みいる敵に対して一歩も退かず戦った。その反対側ではアリスの
援護を受けたテオが同じように戦っている。しかし敵の数はあまり
にも多く、とても四人で、いやたとえ六人であったとしても防ぎ
きれるような物ではない。そして止めどなくやって来る敵に劣勢の
色が濃くなってきたその時、テオとアリスの側の敵の後方で爆発が
巻き起こった。
「なんだ！？」
その爆発に敵も味方も大混乱に陥る。そしてそれを絶好のチャンスと
見たギゾは、自分は最後方の「しんがり」を務め、アレンとミューも
残り少ない力を振り絞り、混乱の敵群に一気に突撃していった。
「いいか！敵を無理に倒す事は考えるな！とにかく突っ切るぞ！」
ギゾの言葉通り六人とアレンの両親を加えた八人は全力で敵陣を突き
抜ける事だけを考え、そして敵群を抜けた所で表に出られ、そこには
ログが、少しだけ宙に浮いている大型の機械とともにいた。
「ログさんっ！！」
「まったく無茶しおってからに、ホレ！さっさと全員乗らんか！！」
ログは早口で一行にそうまくしたてる。そして全員乗り終えると
その機械は一気に雲の上まで上昇して行った。
「た、助かった・・・」
機内に座り込み、息を切らしながらアレンは言った。
「今度ばかりは、本当に危なかったわね。アレンさんの両親も含めて
全員生き残っているのは奇跡としか言いようが・・・」
「まったくだ・・・けど爺さん、この機械は？」
「こいつはの、『ヘリコプター』という乗り物じゃよ。政府の
輸送機開発データをちょっと拝借して作ってみたんじゃ。」
「せ、政府の輸送機開発データって・・・アレン、この方は一体
どういう方なんだ？」
ギゾの質問に対しログが事も無げにそう言うとケビンは目を丸く
してアレンに聞いた。
「あ、そういえばまだ紹介してなかったな。この人はログさん
って言って、オレがフレオに行ったりするのに色々と協力を
してくれた人、それでログさん、こっちがオレの父さんと
母さん、それにこいつがオレが前に言ってた・・・」
「おぉ、この子がお前さんご執心のアリスとかいう嬢ちゃんか。」
ログがそう言うとアレンは急に慌てふためきだした。
「ご、ご執心ってログさん！」
「違うというのか？だとするとお前さんは、大して興味もない
嬢ちゃんを助けに行くためにワシに泣きついてシャトルまで
使わせたと？そう言うんじゃな。」
「う・・・そ、それは・・・その・・・」
「おいおい爺さん、久しぶりに会ったってのにあんまりいじめる
なよ。そうでなくてもウチらの中で一番重傷なんだから。」
「おぉ、ならこれくらいにしておくとするかの。」
カラカラと高笑いをしながらログは言った。そしてこれから何処へ
行くのかというアリスの質問に対し、ログは操縦士に自分の家まで
行くように指示をした。
ログの屋敷に到着すると、一行は溜まった疲れからそれこそ完全に
動けなくなった。ここまで帰って来られたのは、返す返すも奇跡だ
としか言いようがない。とりあえず全員シャワーを浴び、各自いつ
もの倍以上の量の食事を済ましてようやく人心地つくと、ギゾが
ミューに話しかけた。
「なぁミュー、ネイの武器の残りの一つ、ネイスライサーとかいう
のは今あるか？」
「え？ええ、あるにはあるけど・・・使えるの？」
袋の中のネイスライサーを渡しながらミューが尋ねる、だがギゾは
すぐにはミューの質問に答えず、しばらくスライサーを眺めると
今度はログに話しかけた。
「ふ〜む・・・さすがに凄そうだな、これ・・・爺さん、火ぃ借りるぜ。」
「火？鍛冶場の事か？」
ログの言葉にギゾがうなずくと、今度はミューが大慌てをしだした。
「ちょっと！あなたまさかネイスライサーを！？」
「ま、そういう事だ。さっきの乱闘でゲイボルグなくしちまった
からな。」
「だ、だからってネイスライサーを新しい武器の材料にしなくても！」
「仕方ねぇだろ、あれに匹敵する鉄が今ここに無いって爺さんが言うん
だから。それにボウやクロー、ショット、それに一応ソードも使い手
がいるのに、この千年に一度の戦いで自分一人だけ手持ち無沙汰じゃ
スライサーも可哀想ってモンだ。第一、これを使ってたルナやルーン
って一応俺先祖なんだろ？可愛い子孫の頼み、聞いてくれるだろ。」
「・・・わかったわ・・・スライサーがあなたの願いに応えてくれるの
なら、それに応えてくれるでしょうから・・・」
「オッケー、恩に着るよ。」
スライサー片手に笑顔でそう言うと、水筒をもう片方の手に持ち、
ログとテオに「作業が終わるまで誰も近づけるな」と言って鍛冶場の
方へと向かって行った。
「でもギゾさん鍛冶なんてできるの？」
ギゾがいなくなった後アリスはいぶかしげな顔をしてテオに尋ねた。
「あれ？ご存じありませんでした？前のゲイボルグもあの人が自分で
作った物なんですよ。」
「え？そうだったの？」
「ええ、あの人が１６の時でした。武器を使った戦いを覚えたいと言い
出したのは。しかしウェンフィールド流格闘術はあくまで徒手空拳を
貫く流派、武器の使用はもってのほか、と亡父は猛反対しました。
私もあの人を説得したのですが、結局彼の主張は受け入れられ、ただ
そこまで言うのなら自分の武器くらいは自分で作ってみろ、と。上等
な鉄塊を与えてあの人に言い、そして彼が自身の手で何度も試行錯誤
を繰り返して作ったのがゲイボルグでした・・・そして父もその出来を
見てあの人の槍術への情熱を悟り、それを学ぶ事を許すと同時に私を
ウェンフィールド格闘術の後継者として指名したのです。」
「そうだったの・・・」
「ええ、あの人がどれくらいかかるか分かりませんが、きっと最高の
槍を作り上げられる物と私は信じていますよ。」
テオは笑顔でアリスにそう言った。
そしてその日はギゾを除く全員が泥のように眠った。一晩中ギゾの金槌
の音がして、屋敷の人々は軒並み寝不足になったそうなのだが、アレン
達はそんな事はお構いなしに熟睡し、目が覚めた時は既に日は燦々と
照りつけていた。そして気がつくとギゾの鍛冶の音が今はもうしない。
テオは鍛冶場に行くとドアを数回ノックし返事がなかったもののそっと
ドアを開けた。
「あなた・・・？」
テオが鍛冶場を覗くと、上半身裸でレンガ数枚でできた腰掛けに腰を
掛け、ぐったりしているギゾがいた。そしてその横には一本の銀色の
柄の柄の先に黒い輝きを持つ刃がはめられている槍が置いてあった。
ギゾはテオがそこに来たのに気がつくと、むっくりとできたての槍を
その手に取りながら立ち上がった。
「完成したの？」
「ああ・・・一応な・・・ゲイボルグを作った時の苦労は、どうやらまだ
体が覚えてくれていたらしい。しっかし頑固な材質で苦労したぜ。
これを使っていた俺の先祖ってよっぽど性格がひん曲がってたんじゃ
ないのか？」
「・・・・・・・・・まぁ、そのへんは何とも・・・」
「とにかく、ちょっと試してみるか。お前も見るか？」
「ええ、せっかくだから。」
そう言うと二人は表に出て、そしてテオはギゾの槍の間合いから離れた。
ギゾはもう一度鍛えたての槍「ネイスピア」を握り直してみる。重さ、
長さともにゲイボルグと変わらず、その点において制約をを受けたり、
新たな慣れを必要とする事はない。ギゾは槍を構えると、かけ声ととも
に思い切り前へ突き出した。そしてそこから薙ぎ、払い、切り上げ、
再び突き、そこから高速の連続突き「針串刺しの刑」へとつなげる。
そんな感じで一つ一つの動作を確かめるようにして彼の知る全ての動き
と型をやり尽くすと息を切らしながらその場に尻餅をついた。
「テオ・・・コイツは凄えぞ！」
「ええ、見てて感じ取れたわ。なんか、今までの槍にはない凄みみたいな
物がこの槍にはある・・・」
「ああ・・・」
ギゾは満足そうにうなずきそう言うと、槍に話しかけた。
「悪ぃな、さっきは頑固とか言ったりして。これからの最終決戦、よろしく
頼むぜ！」
そう言うとギゾは昼過ぎまで眠りについた。
そしてその後の昼食の時、首都へ決戦に赴くのは明朝と決まりその日の
残りは各自思い思いに過ごす事にした。もっとものんびりとするような
心境でもない。ギゾは新たに鍛え上げた槍を使っての稽古に余念がなく、
ガズニはログの家の武器庫を漁って使えそうな銃器類を見つけては
丹念に手入れしている。テオとミューは実戦形式の組み手稽古に精を
出し、アリスは今日はテレパスよりも弓術の方に重点を置いていた。
そしてアレンも自分の稽古をひとしきり終え、手にしたタオルで汗を
拭っているところに父ケビンがやってきた。
「父さん・・・」
「明日になったんだってな、出発・・・」
ケビンの言葉に、アレンはコクとうなずいた。
「どうしても行くのか？」
「ああ、下手したらネオアリサ自体が危ないって状況だから。
それに”みんなと未来を作ってみせる”ってルラキルとも約束
したし、ね。」
「そうか・・・」
ケビンはそう言うと子供が自分の手から離れていく事への残念さ、
そして子供の自立への嬉しさが入り混じった複雑な表情をして
それから一つ軽く咳払いをした。
「アレン、お前がお前の素晴らしい仲間達と選んだ道だ。もう止め
たりはしまい。ただ、こんな当たり前の言葉しか言えないが・・・
気をつけろよ。私も母さんも、それだけが願いだ・・・いや、あと
一つあるな。これを、持って行ってくれ・・・」
そう言うとケビンは手に持っていた袋から銀色の自分の腕くらいの
太さのリングを差し出した。
「これは・・・？」
「リックが首につけていた識別証だ。中の機械は抜いてあるがな。
お前の腕にはちょうどいい太さだろう？」
「うん・・・」
アレンはそれをケビンから受け取ると、左の二の腕につけようとし、
そこで金属でできたリングに木製のプレートが貼られている事に
気がついた。そしてその小さなプレートには母の筆跡で
Ｍａｙ Ｇｏｄ ｂｌｅｓｓ ｍｙ ｓｏｎ（私の息子に神の祝福がありますように）
と刻まれていた。
「その文字は母さんが彫ったんだ。ただ、母さんは父さんほど割り切る
事ができなくて、お前の顔を見ると何が何でもお前が戦いに行くのを
止めそうだから、今日はもう会わないと言っていた・・・」
「・・・・・・そうなんだ・・・」
「勝てなくてもいい！ただ、絶対に生きて帰って来いよ・・・アレン！」
「うん！・・・ありがとう、父さん・・・母さん・・・」
アレンはそう言うと目から涙が溢れそうになる。ケビンはそんなアレンの
肩をポン・ポンと数回叩いた。
「バカが・・・これから戦いに行くって時に涙を見せるような弱気な事で
どうするんだ・・・試合の前に弱気になるなと前から言っておいただろう
・・・父さんは、もう部屋に戻るぞ・・・」
ケビンはアレンにそう言うと一人、ログが貸してくれた部屋へと戻って
いった。その部屋はログの話によるとゲストルームらしくバスやトイレ
などといった必要な物は全てその部屋の中に揃っている他、豪華なダブル
ベッドが置いてある大きな部屋である。ケビンがそこの扉をノックすると
中からマリアが扉を開けた。
「あなた・・・アレンに渡して来てくれた？」
「ああ、ちゃんと渡しといたよ・・・」
ソファーに腰掛けながらケビンは言った。
「しかしアレンもつい最近までチビだチビだと思っていたんだがなぁ・・・
私達が目を離しているスキに、あんなに大きくなりおった・・・」
「本当に・・・あれだけのいい友達と一緒に・・・」
「・・・今日は、久しぶりに飲もうか。母さん・・・」
「ええ、付き合いますよ・・・」
ケビンの言葉にマリアはニコと微笑んだ。
こうしてケビンとマリアが話をしている時、アレンは一人で切り株に
腰掛け、父親から手渡されたリングを見ていた。
アレンがリックとともに過ごした時間は、ほんの数分に過ぎない。だが
それでもアレンにはリックに対し妙な親近感と一体感があった。これが
彼との戦いの中で得られた物なのか、それともクローンという元は自分
と限りなく同じ存在だったからか、アレンにはわからない。ただ、彼の
仇を取らなくては、という事は強く思っていた。ふと気を許すと、その
事の方がこれからの戦いのメインの目的になりそうになる。そしてその
ような物思いにふけっている所に、アリスがやってきた。
「どうしたの？アレン。」
「アリスか？いつの間にそこに？」
「さっきからいるわよ。アレンが気付かなかっただけじゃない・・・何か、
考え事でもしてたの？首都から戻ってからずっと元気がないけど・・・
あんまりみんなとも話さないし・・・・・・リックの事・・・？」
「いや、別にそういうワケじゃないけど・・・」
「なら、いいんだけど・・・アレン、それは？」
「リックの識別証だって。父さんがさっきオレに渡してくれた。」
「そうなんだ・・・ここに来るとき、半泣きしてるおじさんとすれ違った
けど、アレンにそれを渡した帰り道だったのかしら？」
「父さん、泣いてたか・・・まったく、オレには弱気になるなとか言って
おいて、自分が泣いてちゃ世話ないな。」
アレンは少しだけ笑いながら言い、そしてアリスの方に顔を向き直した。
「しかし・・・たぶん明日で終わるんだな・・・良くも悪くも・・・」
「うん・・・」
「長い、旅だったな・・・長くて、辛い旅だった・・・」
「うん。でも、楽しかった。」
「・・・楽しかった・・・？」
「うん！前にも、ギゾさんの船の上でアレンに『誘ってくれてありがとう』
って言ったけど、今でもその気持ちは変わってないわよ。そりゃあ、
何度も殺されかけたりヒドい目にも遭ったけど、ミューさんやテオさん、
ギゾさんやガズニさん・・・フレオのみんな・・・色々な人と会うことが
できて、色々な物を見たり食べたりして、普通じゃできない経験も沢山
できた。ただ、最後まできちんと終わらせられないと本当にいい旅だった
とは言えないかもしれないけどね！よく言わない？『家に帰ってただいま
って言うまでが旅行だ』って。」
「ああ・・・そうだな！」
アリスの言葉にアレンは力強くうなずき、そして急に何かから解き放たれた
かのような笑みを浮かべた。
「（さっきまでのオレは、リックを殺された事で胸が一杯になっていた。
総督を倒す事以外は上の空だった。でも、それじゃ駄目なんだよな。
きっと、リックもそれを望んじゃいない。それに何より、みんなと一緒に
過ごしたこの一ヶ月は確かに得難く楽しい物だった。アリスが、それを
思い出させてくれた・・・）」
「どうしたのアレン？さっきまで塞ぎ込んでたと思ったら今度は急に機嫌
良さそうな顔したりして・・・」
「いや、おかげでふっきれたよ。ありがとうアリス。」
「？？？」
「とにかく、明日は絶対に勝とうな！勝って、ティリアに帰ろう！！」
「もちろん！勝ちましょ、大好きなこの世界のためにも！！」
アレンとアリスはそう言うと無意識のうちに笑いがこみ上げてきて、明るい
笑い声がその場に満ちあふれた。
そしてその日の夜も暮れ、明日戦いに行く六人の中でただ一組、同じ部屋
のギゾとテオは椅子に腰掛け、寝支度をしながら話をしていた。
「いよいよ明日だなテオ・・・怖くはないか？」
「そうねえ・・・怖くないって言ったら嘘になるかしら？あなたは？」
「俺もさ・・・俺達の戦いに、下手したら世界の命運がかかっている。
こう言われて緊張しないヤツなんてよっぽどの考えなしだろ。ま、
鬼が出るか蛇が出るか、行ってみないとわからないけど、ネイスピア
っていう相棒がいるし、それに何よりも一番頼りになる相棒がこうして
隣にいてくれるからな・・・よろしく頼むぜ、相棒！」
ギゾはそう言うとテオの頬に軽くキスをした。
そしてその頃、トイレに行った後広い屋敷の中で自分の部屋への帰り
道が完全にわからなくなっていたガズニは、廊下でばったりとミューに
出会っていた。
「あら？どうなされたんですか？」
「うむ・・・こう広い屋敷というのはどうも馴染めなくてな・・・」
「え？」
「まぁ、その・・・早い話が自分の部屋がわからなくなったのだ・・・
この歳で家の中で迷子になるとは我ながら情けない・・・」
ガズニが照れくさそうにそう言うと、ミューはクスクスと笑い出した。
「そう笑わんでくれ・・・ところで怪我の方はもう大丈夫なのか？」
「ええ、ここなら修復設備も整っていますから。」
「そうか・・・それは良かった。しかし女性に斬りつけるとは、閣下は
そのような事をされる方ではなかったのだが・・・」
「・・・ダーク・ファルスの魔力は想像を絶する物がありますから・・・でも
ガズニさんもつい先日まで主君と仰いだ人と戦うのは辛いのでは？」
ミューが心配そうな顔でガズニにそう言うと、ガズニは首を横に振った。
「ワシの主君は今でもティーズ・ド・フラン閣下だ。その事だけは絶対
に変わりようがない。ただ、主君に過ちがある時には、臣下たる物は
命がけでもそれを諫め、止めなくてはならぬ・・・閣下が過ちを犯して
いるという事は、今でも認めたくはないものだがな・・・」
「その気持ちはわかります・・・私がリークに仕えている時もそうでした
から・・・」
「リーク・・・そう、ミューさんにとって王家を滅ぼした総督閣下もその片腕
だったワシも、言うなれば主家の仇か・・・今まで思う暇も無かった上に
加害者は被害者の心は理解せぬ物、ワシはさぞかし憎いだろうな・・・
しかもリーク王家を滅ぼした時、千年以上続いた王家を滅ぼすからには
必ずや人々に笑みが絶えぬ国を作ろうと思っていたのが、いつの間にか
このような事になり、その時の誓いも守れないでいる・・・」
「・・・・・・」
「ミューさん、不甲斐ないワシが憎ければ、この命はミューさんにくれて
やってもいい・・・千年もの長きに渡り王家に変わらぬ忠誠を尽くして
きた真の忠臣、真の武人になら、この首を渡すのにやぶさかでない・・・」
ガズニがその場にドカと座り、真顔でミューにそう言うと、ミューはまた
クスクスと笑い出した。
「ん？何故笑う？」
ミューが怒るでもなく、自分を殺すでもなく、はたまた許すでもなく、笑い
出すという行動は完全な予定外である。ガズニは何が何やら分からな
かったが、ミューはひとしきり笑い終わるとまたガズニに話し出した。
「フフ・・・ごめんなさい、ただ部下の信頼が厚いと言われる貴方が女の子
にはちっとももてないというのが分かる気がして・・・」
「？？どういう事だ？」
「女性に対して”武人”なんて言い方したらそりゃもてないわよね。ガズニ
さんなりに私を誉めるつもりで言ったんだと思うけど。」
「そ、そういうものか・・・」
少し照れ臭そうに頭を掻きながらガズニは言った。
「貴方がリーク王家を滅ぼすのに一役買っている事に対して全然怨みに
思ってない、って言ったら嘘になるわ。でもあなたがいなかったら王家は
本当に根絶やしにされていたかもしれない。そう考えると複雑な気分だ
けどそういうのの結論はダーク・ファルスを倒してからにしましょう。いえ、
倒しただけじゃなく、この星にあなたの言う、そして私も思っている理想
の状態になってからでも、そういう事は遅くないわ。」
「・・・かたじけない・・・」
ガズニはそう言うとミューに深々と頭を下げた。するとミューは「そんな
だとまたガールフレンドのなり手がいなくなるわよ」と言い、ガズニに
彼の自室への行き方を教えると部屋へと戻っていった。
「ミューさん、か・・・」
あの後は無事に部屋に戻ると、ガズニは嘆息して言った。
「なんという器の大きさか・・・真の国家への忠臣、女傑とはあのような
事を言う・・・もしかしてこういうのも女性に対して面と向かって言う
べきではない誉め言葉と言うのか？」
ガズニは一人そう言って首をかしげると、布団をひっかぶって眠りについた。
そしてアレンもやはり、あまりぐっすりと眠る事はできず、ただ少しでも
体を休ませておこうと思い一人ベッドの中で物思いにふけっていた。
アリスと一緒に旅に出てから一ヶ月余り、その時間はまさに怒濤のように
流れていった。けれど毎日は怒濤のように速く流れていったように感じ
られたが、振り返り出すとそれは異常に長い物のように感じられた。と、
アレンは急に自分が学生である事、そして今が夏休みである事を今更の
ように思い出した。
「そう言えば夏休みの宿題とか全っ然やってなかったよな。その休みも
あと一週間、家に帰ったら修羅場確実だな。第一夏休みの思い出の作文
なんて何をどう書けって言うんだ一体？・・・そんな事に頭がまわって
心配しだすってのは落ち着いてるって事か？でも、こんな風に頭が回る
ようにしてくれたアリスには感謝しなくちゃいけないな・・・」
アレンはそう独り言を言うと少しだけ笑い、そしてまた色々と考えだした。
「他のみんなもオレみたいに緊張して寝付けないのかな？それとももう
寝てるのか？ま、ガズニさんやミューさんは戦い慣れてるハズだし、
ギゾやテオさんも少なくともオレよりは修羅場踏んでるし・・・でも
アリスは・・・」
そしてアレンの考えはまたアリスの方へと戻っていった。
「『大好きなこの世界のため』って言ってたよな・・・あの時アリスは
強がりやハッタリでああ言ってるんじゃなかった・・・ルラキルはそれが
一番大切な気持ちだと言っていたけど、アリスにはそれだけじゃない、
ライアとしての宿命もあればミューさんとの約束もある・・・これだけの
物を背負ってもアリスは今回の旅を楽しかったと言い切り、そして笑って
いられるのか・・・強かったんだな、オレが思っていたよりずっと・・・」
「そんなアリスにオレができる事と言ったら、一緒に戦って、精一杯アリス
の事を守るくらいか・・・幼なじみとして・・・友達として・・・いや、
それ以上に・・・」
そして夜明けと同時に、アレンは朝の空気を吸おうと表に出た。相変わらず
屋敷の庭園は手入れが行き届いていて見る者を清々しい気持ちにさせる。
まだ庭の管理人も起きていないらしく辺りには誰もおらず、アレンはそこ
の美しい花々をしばらく眺めると今度はその庭園を抜け、小さな林となって
いる部分に入っていった。そしてその林の中に入った瞬間、アレンはそこの
空気がいつもとかすかに違う事を感じ取った。もっとも、敵がいるとかそう
いった嫌な感じの物ではなく、木々や風が、まるで誰かと雑談でもしている
かのような楽しそうな空気である。そしてそれが単なるアレンの気のせいで
ない事がわかるのには、そう時間はかからなかった。
「アリス・・・」
木々の間から射し込まれる朝日の木漏れ日を全身に受け、アリスはいた。
瞳を閉じ、両手を少し広げて上を向き、そよ風が優しく彼女の頬をなで、
髪を揺らす。アレンは少し離れたままそんなアリスの様子を見ていたが、
アリスはすぐにアレンがそこにいる事に気付き、ニコと微笑んだ。
「あら？おはようアレン。起きてたの？」
「ああ、あんまり寝付けなくってな。アリスもか？」
「うん、昨日はあんな事言ってたけど、やっぱりちょっと緊張しちゃって。
それであんまり眠れなかったんだけどそのベッドの中で急に夏休みの
宿題の事とか思い出しちゃって、そんな方向に頭が回るくらいなら大丈夫
かな、とも思ったけど。」
「アリスも宿題の事とか考えてたのか？」
「私『も』って・・・じゃあもしかしてアレンも？」
アレンとアリスはお互い意外そうな顔でそう言うと目を見合わせ、クスクス
と笑い出した。「お互いなかなか心配の種は尽きないな」と。そしてアレンは
今一度、東の方から上ってくる太陽に目をやった。
「朝日、か・・・」
「うん、こうして二人で見てると思い出すわね。あの時の事・・・」
「あの時って、ギゾの船の事？」
「うん、あの時もこうやって二人で朝日を見て、その日の夜にルラキルが
私達の部屋にやってきて・・・」
「それから始まったんだよな、何もかも・・・いや、始まったのはアリスがライア
の血を継いでいた時から？オレの父さんと母さんがバイオモンスターの研究の
ために総督に呼ばれてから？それとも、ダーク・ファルスが存在した時から・・・？」
「う〜ん、そう言われてみると考えたらキリが無いわね、どこからが始まりかなんて。」
「ああ、考えてもキリがないしここまで来たらどうでもいいさ・・・でも、どんな
偶然の積み重なりだろうと、どこが始まりだろうと、アリス・・・」
ここでアレンは一つ、小さく深呼吸をした。心臓の鼓動は自分の耳に聞こえる
くらい大きくなってくるし、立ちくらみまでしそうになってくる。今まで何度も
激戦をくぐり抜け、下手をすれば命が危ないような場面も何度もあったが今ほど
緊張した事はなく、アレンはそこから言葉が続かなくなった。
「どうかしたのアレン？」
不思議そうな顔をしてアリスは言った。けどその言葉も正確には耳に入って
来ない。アレンはその間になんとか気持ちを落ち着け、また言葉を続けた。
「偶然の積み重なりだろうと何だろうと、アリスと出会えた事は何よりも感謝
してる・・・」
「な、何よ・・・どうしたのよ急に改まって・・・」
ここに来て、アリスもようやくアレンの雰囲気がいつものそれとは違う事に
気がつき、アレンの緊張がうつったかのように息を乱し、心臓の鼓動を速め、
そして顔を少しこわばらせた。アレンの緊張がこれから戦いに赴く事から来
ている物ではない事は、アリスも何となく理解していた。
「好きだ・・・アリス・・・」
「アレン・・・」
その瞬間二人の心臓の鼓動はさらに激しくなり、急激に顔に血が上っていく
のを感じた。二人とも顔を真っ赤にしたまましばらく言葉が出ない。そして
それから少し経って、アリスはアレンに、目を潤ませながら微笑みかけた。
「ありがとう、アレン・・・その言葉、すっごく嬉しい・・・」
「アリス・・・」
「アレン・・・」
おぼつかない足取りで二人は一歩、また一歩とその間隔を詰める。やがて
お互いの吐く息が感じ取れるほどに近づくと、互いの腕を相手の背中にそっと
回し、しばらく顔を見つめ合った。それからゆっくりと、顔を近づけながら
瞳を閉じると、二人はその唇を重ねあった。互いが緊張しあっている事は抱き
しめたその腕を通じて伝わってくる体の震えからも感じ取れる。それから
少しして、二人はそっと唇を離した。腕は、まだお互いを優しく抱きしめていた。
「絶対・・・生きて帰ろうね・・・」
「ああ、もちろん・・・」
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