「ライア・・・貴様何を・・・」
目の前で起きている状況が全く理解できず、この戦いで初めての戸惑いの
表情を見せながらダークファルスは言った。対するアリスの方は、依然と
して不敵な表情を崩していない。
「タネあかしをしろと言われてそう簡単にする人がいるかしら？」
相手を思いきり見下した態度と声色でアリスは言う。そうした口調で話す
アリスというのは、アレンも今までほとんど見た事がない。だからそれが
単なるアリスの虚勢なのか、それとも本当にアリスがダークファルスを
見下せるまでの”何か”を身につけているのか、アレンにも分かりかねた。
しかし何にせよダークファルスがアリスの方にその意識を集中させている
というのはアレン達にとっては好機である。何より回復テクニックよりも
効果が表れるのに若干時間がかかるため、今までのようなコンマ数秒を
争う乱戦時には使えなかったトリメイトなどの回復剤を使えるというのは
大きく、アレン達はその隙に手早く自分の傷口に手当を施していた。
「・・・小癪な・・・しかし・・・」
再び立ち上がったアレン達を忌々しげに見ながら、ダークファルスは
アリスの行った”技”についての考えを巡らした。
「（あれだけの事を一瞬のうちにやらかすとは・・・しかしいかなる速度を
もってしても我が目に捉えられぬ物はない・・・かと言って催眠術のような
子供騙しのトリックでも絶対になかった・・・）」
そこでダークファルスはもう一度アリスの事を見た。声は気丈で瞳も険しい
が、呼吸がかすかに乱れ、額には脂汗も滲み出ている。何か術者の身体に
多大な負担をかけ、膨大な魔力を要する術を使ったであろう事はそこから
容易に想像がついた。
「（ライアの小娘は強大なテレパス能力を持ちあらゆる自然物に語りかける
事が出来るというが・・・）」
「なんだ・・・？ダークファルスが動かない？」
ダークファルスが思考を巡らせていたのは時間にするとほんの数秒にも
満たない時間である。しかしその沈黙がアレン達には逆に怖く、その間
せっかくのチャンスだったのにも関わらず手出しらしい手出しはできな
かった。
「（・・・かくなる上は・・・）・・・ライア！！」
その一言とともにダークファルスはアリス目がけその鋭い爪と牙を向けて
襲いかかる。それは従来のアリスでは絶対にかわせなほどの速度だった。
しかし次の瞬間、アリスはダークファルスの背後に回っており更にダーク
ファルスの頭には今度は三本、アリスの放った矢が刺さっていたのである。
ダークファルスは苦悶の表情を浮かべながら、しかし自身の突進にブレーキ
をかける事ができず、全身を強く壁に叩きつけ、その衝撃でしばらく身動き
が取れなくなった。
「みんな！今よ！！」
アリスのそのかけ声とともに、状況を今一つ理解していないままガズニが
まずネイショットの一撃をダークファルスの背部に喰らわせ、更にアレン
達四人が一斉にダークファルスに斬りかかる。今度は効いていた。背後から
アレン達の一斉攻撃を喰らったダークファルスは苦しそうに声を上げる。
そしてガズニがもう一撃、ネイショットによる銃撃を浴びせようとした時
アリスにもネイボウを射るように促した。
「う、うん・・・」
少し青白くなった顔色をガズニに悟られないように、アリスはうつむき
ながら言った。そして矢を弓の弦にセットし、左手でボウのグリップを
握り、弦を引き絞りにかかる。しかしいくら力を入れようとしても体に
力が入らない。これまで苦もなく引けていたネイボウの弦が、今はとて
つもなく重く感じられた。そしてアリスがそうこうしている間にアレン
達の波状攻撃をはねのけ、正面を向き直したダークファルスは、アリス
のその様子を見るや大声で笑い出した。
「ぐ・・・くっくっく・・・ハッハッハッハハハ！！！」
全身に傷を負いながら、しかしダークファルスはその笑い声を止めよう
とはしなかった。
「ライアの術の正体を知るには少々高くついたが・・・しかし見破ったぞ！」
ダークファルスのその一言にアリスは自分の血が引くのを感じた。
「貴様が放った三本の矢が全く時差が無く我に向かってきた事が、我に
最大のヒントを与えてくれた・・・時を止めたな！ライア！！」
ダークファルスのその一言にアリスは更に顔色を変える。そしてアレン達は
驚きの目でアリスの事を見つめた。
「・・・大した物だ・・・自然物の中で最も頑固で、最も規則的な動きをする
”時”の動きを止めるとは・・・しかし、それに必要とした魔力はさぞ、
大きかっただろうなぁ・・・今の貴様からは、魔力のカケラも感じんぞ・・・」
ダークファルスの言葉に、アリスは何も言い返せない。
「おそらくお前は、今の時間停止、そしてそこからの仲間達の反撃に全てを
賭けていたのだろうが、生憎その作戦もこうして我にダメージを与える
事はできたものの決定打とはならなかった・・・タネは明かされ魔力は切れ、
しかも他に我に対して打つ手無しとなれば実質ゲーム・オーバ・・・？」
喜色を満面に浮かべ、ダークファルスはそう言いかける。しかしそこにアレンが
突進してきた。ダークファルスはそれを目障りだと言わんばかりに叩き落としに
かかる。だがアレンはそれをかわすと、逆にダークファルスの胴体に、ネイ
ソードの一撃を叩き込んだ。
「貴様・・・」
顔から喜色を消し、顔をしかめ、忌々しげな表情でダークファルスはアレンを
見つめる。そしてその先にいたアレンは、さっきまでのアリスと同様な、強い
挑戦的な眼差しを持っていた。
「アリスがここまで頑張れたんだ！オレだって負けてられないんだよ！」
「戯言を・・・ライアの一族でもなく、リークやシールと言ったラ・シークの
血も、ランディールの血もひかないただの人間である貴様に何ができると
言うのだ！」
「・・・血縁から来る強さを否定はしない・・・オレはそれにこれまで随分と
助けられてきたから・・・でも、それよりも大切なのは自分の住む故郷と、
そこに生きとし生ける全てを愛する気持ち・・・それこそが何千年もの昔
から、お前みたいなのを払い除けてきた力の本質だ！！」
アレンのその一言で、他の皆もそれまで持っていたダークファルスに対する
恐怖心から解き放たれたかのように攻撃を始める。そしてその攻撃はこれまで
とは比べ物にならない程の力を持っていた。ギゾの槍、ミューのクロー、ガズニ
の銃にテオの体術・・・それぞれが持てる力を最大限に出し切りダークファルス
目がけて襲いかかった。
「・・・この、小虫どもめが！！」
それに対するダークファルスも決してやられっぱなしではない。そもそも個体
能力では五人を遥かに凌駕しているのである。その激戦の中で一人倒れ、
二人倒れ・・・とうとう残されているのはアレン一人となってしまった。そして
そのアレンも今はただ立っているだけが精一杯の状況である。ダークファルス
は全身に深手を負いながら、しかし今は勝利を確信していた。
「毎回毎回、まったくもって手こずらせてくれる・・・しかし、最後の勝者は我
であったようだな・・・」
アレンにそう言うダークファルスも、その言葉は途切れ途切れで、大ダメージを
受けている事は簡単に見てとれる。しかしそれゆえに、アレンは剣を振る事は
おろか前への一歩を踏み出す事さえできない自分の体が苛立たしかった。
そしてアレンがただダークファルスを睨みつける事しか出来ず、アレンに比べれば
まだ余力があるダークファルスが攻撃のための力を溜め始めた時、ダークファルス
目がけて一本の矢が飛んで来た。しかしその矢はあまりに勢いが弱く、ダーク
ファルスの体を貫く事は出来ず、ダークファルスの体に軽く当たるとそのまま
地面に落ちていった。
「ハァ・・・ハァ・・・ダーク・・・ファルス・・・」
呼吸を乱し、青白い顔をしながらアリスは精一杯にネイボウを引き絞ろうとした。
しかし魔力も精力もその全てを使い果たした今のアリスには自分の弓を引く事さえ
満足にできない。だからアリスは、地面の割れ目にネイボウを突き刺し、全体重で
弦を引き絞り、ダークファルス目がけて矢を放っていた。そしてアレンとダーク
ファルスがアリスの方を向いた瞬間にアリスはもう一回矢を放ったが、その一撃も
勢いは極めて弱く、かわすまでもないと判断したダークファルスの体に当たっては
フラフラと地面に落ちた。
「よせアリス！寝てろ！！ライアの力を使い果たした今のお前には無茶だ！！」
必死の形相でアレンはアリスにそう言う。けれどアリスはそんなアレンの言葉を
なじるように、細い声でアレンに言い返した。
「・・・ライアの力とか・・・リークの力とか・・・そう言う物なんかより、この世界や、
そこの人達を想う気持ちの方が遥かに強い力になる・・・そう言ったのはアレン
でしょう・・・」
「アリス！」
アリスの一言にアレンは青ざめた。それではまるでアレンがアリスを死地へと
走らせたようなものである。アレンは大急ぎでアリスの元へと走ろうとした。
しかし足が言うことを聞いてくれない。それでも何とかアリスの所へ行こうと
するアレンに、アリスはニコと微笑んだ。
「見せてやりましょうよ、アレン・・・私達、人間の力を・・・」
「見苦しいぞライア・・・」
アリスを哀れみ、見下す口調でダークファルスは静かにそう言うと、その指先から
一筋の閃光をアリス目がけて発した。そしてその光はアレンの目の前を掠め、
アレンの鼻の頭に薄い切り傷を残すと、アリスの胸を貫いた。
「アリス！！」
ピクリとも動かなくなったアリスの体から鮮血が流れ、アレンの声は声にならない
絶叫へと変わる。そしてそれからアレンが、アリスの体を抱きしめもせず、即座に
振り返りダークファルスの前にむき直した瞬間、アレンの体がまばゆいばかりの
光を発し、ダークファルスの体は爆炎に包まれた。
「なんだと！？」
一瞬のうちに全身を炎に包まれたダークファルスは自分のおかれている状況を
理解できず、まるで夢でも見ているかのような心境であった。メギド・・・内なる
怒りや憎しみを破壊の力へと変える、究極の破壊テクニック、その使用者は千年
に一人しか現れないとも言われる技である。
「それをこんな者が・・・しかも触媒を無くして用いるなどという事が・・・」
自らの身を包む数億度とも言われる紅蓮の炎にダークファルスはただならぬ苦しみ
を覚えた。いかに暴れ、体を壁に叩きつけようと、その炎は少しも消えようとしない。
やむなくダークファルスは全身に残る力を圧縮・爆発させ、何とかメギドの炎を打ち
消したものの、メギドによるダメージに加え体に残る残り少ないエネルギーもその
ほとんど全てを放出してしまっていたため、もはや力尽きかけていた。
「形勢、逆転だなダークファルス・・・アリスの、仇だ・・・」
アレンは氷のような目でダークファルスを見、抑揚のない声でダークファルス
に向けてそう言うと、もう一撃メギドを放つために右手を突き出し、その腕に
力を集中させようとする。しかしダークファルスはそんなアレンを全く恐れず、
静かに言った「貴様にそれができるのか？」と・・・
「・・・？どういう、意味だ？」
右手を突き出したまま、不思議そうな顔でアレンはダークファルスを見つめ、
尋ねた。
「考えてもみろ。ここは地下なんだぞ？しかも上は何階もある・・・恐らく今ので
この部屋の耐久力は限界に来ているだろう、そしてお前の周りには身動きの
取れない仲間達・・・この部屋が壊れ、支えを失った上部の建物が崩れ落ちて
来た時に何が起こると思う？・・・世界は、お前のメギドによって救われる事に
なるが、お前の仲間達は、お前のメギドによって死ぬ事となる・・・」
「・・・・・・！」
「それでも構わないと言うならその腕からメギドを放ち、世界を救うがいい・・・
今の我に、もう一回のメギドを耐える事は絶対にできん・・・」
ダークファルスのその言葉に、アレンは身動きが取れなくなった。たしかに、理に
かなっている。この建物が崩れ、その崩壊に仲間が巻き込まれる危険性は十分
にある。しかしダークファルスを倒すチャンスは今しか無く、これを逃したらダーク
ファルスは世界を席巻するだろう。五人の命と億に近い人々の命、多数決で言う
ならばどちらを取ればいいのかは考えるまでもない。けれど、アレンは体が硬直
してメギドを放つ事ができず、しかし突き出したその腕を下ろす事もできなかった。
そして迷うこと暫し、アレンの右の手の甲に、別の手のひらが重なってきた。
「え・・・？」
アレンの右の甲に重なってきたもう一つの手・・・それはアレンの見覚えのある物で
あった。
「あ、アリ・・・ス・・・？」
振り返ると、そこにはアリスが立っていた。幽霊ではない、幻覚でもない、もし幽霊
とか幻覚だったら、今自分の手に伝わってくる温もりは、説明できない。
「信じてたわアレン・・・アレンならミューさんの言うメギドを受け継ぐ資格を絶対に
持っているって・・・」
「資格・・・？」
「うん、『本当の優しさを持つ者のみが、本当の怒りを会得できる』って言う・・・」
アリスは微笑みながらアレンにそう言うと、さらに言葉を続けた。
「ダークファルスの力は、私達にとってあまりにも圧倒的だった・・・それでメギド
抜きじゃ勝てないって思ったから、私が無茶をする事でアレンの力を引き出そうと
思ったの・・・もっとも本当は、ダークファルスの言っていた通り、二度目の時間
停止で決着をつけたかったんだけど。」
「・・・バカが・・・そんな事をして、死んだら元も子もないだろうが・・・」
「うん、それなんだけどね・・・」
アリスはそう言いながら自分の上着の中に手を入れると、焼けただれた金色の
ペンダントをアレンに見せた。
「ライア・・・ペンダント？」
「うん、これがあったおかげでダークファルスの光線が心臓に当たらなかったみたい
なんだけど・・・それにしても運が良かったわ。全然そういうつもりじゃなかった
のに・・・運が良かったのかしら？」
「いや・・・たぶん偶然じゃないさ・・・でも、せっかくのメギドもどうも使いづらいんだ。」
「なんで？」
アレンの言葉の意味を理解できず、不思議そうな顔をしてアリスは言った。
「この建物が、もう一発のメギドの衝撃に耐えられない・・・あと一回使えばダーク
ファルスは倒せるだろうけど、ここにいるみんなも瓦礫に巻き込まれる・・・」
眉をひそめ、深刻な悩みの表情でアレンは言う。しかしアレンのその言葉を聞いた
アリスは、それとは対照的な明るい、屈託のない顔をアレンに見せた。
「なんだ？そんな事心配してたの？」
「そ、そんな事って・・・」
「それなら心配要らないわ、大丈夫よ。」
「ほ、本当か？・・・どうして？」
「だって、メギドを使うのがアレンだから。」
「・・・理由になるのか？それ・・・」
「うん、十分すぎるくらいにね。言ったでしょ？メギドを使いこなせるのは本当に心が
優しい人だけだって。そんな人が使う技が、ましてや今までみんなのために頑張って
きたアレンが使うのなら、それがみんなを傷つけるわけないじゃない。そこらへん、
もっと自信を持っていいわよ。」
アリスの言葉に、理論から来る説得力は無かった。少なくとも、理で考えるのならダーク
ファルスの言葉の方がよほど説得力がある。でも、何故かアレンにはアリスのその言葉が
自分に安心感を与えてくれるような気がした。しかし、それでもまだアレンはメギドが
撃てない。そして怖々とした口調でアリスに言った。
「・・・もし、ダメだったら・・・？みんなを、巻き込んじゃったら・・・？」
「そうね・・・その時は、私がアレンと一緒にみんなに謝ってあげる。」
「アリス・・・」
アレンは目を閉じ、深く、そして静かに深呼吸をした。そして目を開けると、アリスの
顔を見て、少しだけ微笑んでみせた。
「ありがとう。アリス・・・」
「うん・・・やりましょう、アレン・・・」
アリスはそう言うともう一歩アレンの方に近づき、アレンと肩をあわせる。そして左手
は突き出したアレンの右手と重ねたまま、残る右手でアレンの左手を強く握りしめた。
そしてアレンの左手も、アリスの右手を強く握り返した。
「無意味な真似を！」
ダークファルスは忌々しげに言うと全身から何本もの黒い波動の光線をアレン達
目がけて発射する。しかしそれは全て、二人の前で何物かによって遮られるかの
ようにして消え失せ、一発も二人の所に届かなかった。
「ば、馬鹿な・・・しかも、何だ、この魔力は・・・アレンだけでなく、魔力を使い切った
はずのライアからもただならぬ力を感じる・・・まさか・・・まさか！」
ダークファルスは目を見開き、その身をワナワナと震わせた。
「資格者が一時代に二人もいたというのか・・・？」
しかしそのダークファルスの言葉はアレンとアリスの耳には入って来ない。二人は
まだ一度も聞いたことのないはずの、しかし口から自然と湧き出てくる呪文を詠唱
しはじめた。
「我らの心の内に秘められし・・・」
「怒り、憎しみ、悲しみの力よ・・・」
「今、破壊の業火・・・」
「・・・闇を絶つ怒れる炎の剣と化し・・・」
「我らが前にその威を示せ！！」