PhantasyStar 〜時の交差〜

第三話 friends

港町ニーヤ、その地名はアリサ三世の港町ヤータに由来する。「ニューヤータ」が短縮され、発音
も変化して「ニーヤ」になったのだと。ここはネオアリサを分断する黄色い河「イエローリバー」の
西の玄関口である。黄土質の強い土地を流れるこの大河の水は黄色く、過去に何度も氾濫を起こ
してきたが、同時にその肥沃な土地は人々に多くの恩恵をももたらしてきた。

東西文化の交わるニーヤは、同時にこの星最大の商業都市でもある。多くの店がひしめき合い、
競合しているここは、内外からの買い物観光客で年中賑わいを見せている。アリスもまた、アレンを
荷物持ちにさせ、手当たり次第に店に入っては、買い物を楽しみ、結局ついたその日はアリスの
買い物ツアーで終始し、今日予定していた渡航船探し云々は翌日に持ち越しとなった。

「やれやれ・・・」
ホテルに戻るとアレンはベッドに寝転がり、完全にぐったりしていた。一日中アリスの買い物そして
荷物持ちに付き合わされたのだから無理もない。けれどアリスは嬉々として、今日買った洋服だの
土産物だののチェックに余念がない。そしてそれが一通り終わると、アレンに話しかけた。
「ねえアレン?明日どうするの?」
「どうするって、まず渡航船探さないとな。それに・・・」
「そうじゃなくって、アレンは行きたい所とかないの?」
「俺の、行きたい所?」
「そ、今日一日つきあわさせたから、明日は一日付き合うわよ。」
「う〜ん・・・」
アレンはベッドに寝ころんだまま横の机に置いてあるガイドブックに手をやり、ニーヤについての
ページを開くと、パラパラと数ページをめくっては眺めた。そして何を見つけたのか、アレンの
指の動きが止まり、本を見入りだした。

「なにアレン?なんか目ぼしいところでも見つけたの?」
「ああ、ここ!」
「えっと・・・ウェンフィールド植物園?ちょっと見せて。」
アリスはアレンからガイドブックを受け取ると案内文に目を通した。
「ウェンフィールド植物園・・・市街地から徒歩二十分ほどの所にあるニーヤ唯一の植物園・・・
 世界各地の花や樹木数百種が植えられており・・・あんたホントに好きねえこういうの。」
「まあ、ね。」
アレンは口元に笑みを浮かべ答えた。
「じゃあさ、明日はひとまずこれ行って、それからどうするの?」
「まあそろそろ船のキップも取った方がいいし・・・ま、その時に考えればいいか。」

翌日、二人は少し朝寝坊してその植物園に出かけた。思っていたより規模は小さく、見たところ客も
アレン達の他にはいない。けれど手入れは完全に行き届いており、一見して植物が好きな人に
よって管理されている事が見てとれた。

「良かったなお前ら、大切にされてるみたいじゃないか。」
木に手を当て、まるで人にでも話しかけるようにアレンは言った。それからさらに奥に進むと、
一人のジーンズにTシャツそしてエプロンをした女性が木に水をやっている。年齢は二十歳位で
あろうか、青い髪の毛をやや短めに切り揃えたその女性は、アレン達に気がつき、クルと振り返ると
二人に向かってニコと微笑み、会釈をした。
「あら、お客様ですか?」
「まあ、そうですけど・・・ここの植物園の方ですか?」
「ええ、この植物園の館長を務めていますテオ・ウェンフィールドと申します。あなた方は?ニーヤ
 の方ではないようですが?」
「あ、アリス・ランフォードって言います、よろしくお願いします」
テオの丁寧な声につられるようにアリスは普段の彼女に似合わない、やけに堅い口調で挨拶をし、
続いてアレンも、自分の名前と、ティリアから来てネオカミニートに行く途中であるという事を簡単に
彼女に説明した。
「お二人で、ですか?」
「ええ。」
アレンの返事に、テオは少し驚き、意外そうな顔をした。
「ところでテオさん、ここに植えてあるのについて教えてほしいんですけど・・・」
アレンがそう説明を求めると、彼女は喜んで引き受けてくれた。その知識はアレンなんかが及びも
つかないくらい深い。話こんでいるうちにお互い段々と打ち解け、彼女の語気も明るくなってきた。
そして話の内容は植物以外のことにも及び、そんなこんなで一時間以上話していると、外から一人
の男が入ってきた。その男の背は185ぐらいはあるだろうか、顔は面長で長い緑色の髪は簡単に
束ねられている。またやや細身の体ながらがっしりとした体つきをしており、何かしら格闘技の類を
やっていそうな感じがした。

「テオさん、またお客さんが来たみたいだけど?」
アリスがそう言うと、テオはクスクスと笑い、あれは自分の夫だと二人に言った。二十歳そこそこ
に見える彼女が結婚しているという事は、別に不思議なことではないが、話がそう来るとは思って
いなかったので二人は一瞬驚きを隠せなかった。しかしそう言われてみれば彼女の左手の薬指
には確かに銀色の結婚指輪がはめてある。

「珍しいじゃないか、ここに客なんてよ。」
「ええ、こちらのお二人はアレンさんとアリスさん、植物の事とかとっても詳しいのよ。」
テオにそう紹介されると、アレンは照れくさそうに後頭部をポリポリと掻き、そして改めて彼にも
自分達二人はティリアから来たという事と、首都に行く途中だという事を説明した。すると彼は
二人の顔を見つめ、口元に薄笑いを浮かべて数回うなずいた。
「ふ〜ん・・・ティリアから二人っきりで、ねえ・・・」
「ちょっと!何かカン違いしてません?」
「そうよ!私とアレンは別にそんな関係じゃ・・・」
「ん?俺は何も言ってないけど?」
顔を真っ赤にして否定する二人を、からかい、はぐらかすように男は言った。
「ま、シケた所だけどのんびりしていってくれや。あ、そういえばまだ自己紹介まだだったな。
 俺の名前はギゾ・ウェンフィールドってんだ。よろしくなお二人さん。」
ギゾは笑顔でそう言うと、手に持っていた荷物をその場に置き、「商売の話し合いがある」と言うと
再び出かけていってしまった。

「商売って・・・ギゾさんはこちらの運営はしていないんですか?」
アリスがそう尋ねると、テオは笑いながら首を横に振った。
「いいえ、そんな事ないわ。ただ、ここだけじゃ食べていけないから・・・」
たしかに、時間は昼過ぎで、本来なら一番賑わう時間帯なのに、依然として客は他にいない。
ここの運営が赤字であろう事は容易に想像がついた。
「かといってここを手放すわけにもいきませんし・・・親の、形見のようなものですから。」
「テオさん・・・」
そこで二人は初めて、彼女の両親はもういないのだという事を知った。まずい事を聞いたかなと
二人が思った瞬間、表の玄関がバンという激しい音とともに開く音がした。そしてやや小柄の、
黒く趣味の悪いスーツを着た男が、二人のどうひいき目に見ても堅気には見えない男を引き連れ、
ニヤニヤと笑いながらテオの前にやってきた。

「今し方お宅のご主人が出かけるのを見かけましてねえ・・・」
ブリーフケースを小脇に抱えたそのスーツの男は、いやらしい薄笑いを浮かべながら言った。
「どうもご主人は頑固なようで・・・あなたなら少しは話が分かるかと思った次第でして・・・」
「私も同じです。あなた方のお話は聞く気はございません、どうぞお引き取りを。」
「ところがそうもいかないんですよ、こちらもビジネスですので。何もここの土地をタダでよこせと
 言っているワケではないんですよ?しかるべきお代は払おうと。それに・・・」
そう言うと男はテオの胸ぐらをグイと掴みあげた。
「あんまりこちらとしても手荒な真似はしたくないのですが・・・」
「テオさん!」
テオを助けようと、アレンは側に置いてあったモップに手をやり、その先の部分を足で押さえて柄の
部分を引き抜いて身構えた。けれどテオは全く動じる風もなく、二人の方を向きニコと微笑むと、
「すぐに終わりますからお構いなく。」と言い、そしてそう言うやテオは右手で自分をつかんで
いる腕を払いのけ、体を半回転させて男のみぞおちに横蹴りをめり込ませると、男は苦しそうに、
前のめりに崩れ落ちるようにして倒れ込んだ。

「貴様!」
スーツの男が一撃で倒されたのを見、後ろに控えていた男の一人がテオの後ろから襲いかかる。
その男に対してもテオは、背を見せたまま後ろ蹴りを一撃喰らわせ、よろめいたところに振り向き
ざまにダッシュしての正拳突きを一撃、ボディに叩き込んだ。

「聞いてねえぞ・・・こいつこんなに強かったのか!?」
残った一人の男は、顔に狼狽の表情を浮かべながら、手元にあった鉢植えをつかみ、テオに投げ
つけようとした。けれどその男の手に握られた鉢植えは、投げつける前にアレンのモップによって
叩き落とされていた。
「亭主の留守際狙って多人数で押し掛けて、返り討ち喰らって、挙げ句にここの商売道具投げつけ
 ちゃあ世話ないよな。ま、俺も今ので植木鉢一個割っちゃったからデカい事も言えないか。」
「痛ってえ・・・なんだお前は!!」
アレンに叩かれた手の甲を痛そうに抑えながら男がそう怒鳴ると、アレンは笑い、こう答えた。
「ここの客。」と。
「な、ナメた真似して、俺らが誰だか・・・」
「知るわけないでしょ。こっちはただの旅行者なんだから。それより、どうやらマトモに動けるの
 アンタだけみたいだし、怪我人連れてとっとと帰った方がいいと思うけど?」
アレンにそう言われると、苦虫を潰したような顔をし、仲間二人を引きずりながら帰っていった。

「どうもすみません、見苦しいところお見せして・・・最近しつこいんですよ、彼ら。」
「こっちは何もしてませんよ。しっかし強いんですねえ。」
「いいえ、亡父に比べればまだまだ・・・」
「お父さん、格闘家か何かだったんですか?」
「ええ・・・ほとんど弟子もいない、小さな道場でしたが。この植物園も、父の教えなんです。
 心に焦りや迷いがあると、木々は決して育たないからと。ところでアレンさん?」
「なんです?」
「先程、首都に行かれるって言っていませんでしたか?」
「え?ええ、そうですけど・・・」
「私達は今晩、商用でリバーを渡るのですが、よろしかったらご一緒しませんか?」
「いいんですか?」
「ええ、あんまりキレイな船とも言えませんが。」
文字通り「渡りに船」である。拒否する理由は何もなかった。

それからアレン達は大急ぎで宿を出て、荷物を持ち、テオに案内されて船着き場へと向かった。
テオは「キレイとは言えない船」と言っていたが、そんな事は全然なく、やや旧型でこそあるが
手入れ、掃除ともに行き届いた小型のクルーザーである。そして日もとっぷりと暮れてから、
船は静かに出港した。対岸に着くのは翌朝との事である。

「あれ?アリス・・・?」
明け方、ふと目が覚めると、アレンは隣のベッドにアリスがいない事に気付いた。
「トイレでも行ったのかな?まあいいや、俺も・・・」
慣れない船旅であんまり寝付けないという事もあった。アレンはトイレに行き、その足で朝の
空気でも吸おうかと思って甲板に出ると、そこにはアリスが一人、手すりにもたれかかって
たたずんでいた。夜明けの光に照らされた彼女は、自分が今まで長年見てきたアリスとは、全く
違う雰囲気を持っているように感じられた。アレンが言葉に詰まり、金縛りにあったように
身動きが取れずいると、アリスはようやく後ろにアレンが立っていることに気がついた。

「あら?アレン?」
無言で後ろに立っているアレンに驚き、そしていぶかしむようにアリスは言った。
「え?あ、ああ。どうしたんだアリス、こんなところで。」
「ちょっと寝つけなくてね。アレンも?」
「ま、そんなトコだな。」
「ねえアレン、もうティリアを出て一週間近くになるけど、どうだった?これまでの旅。」
「どうだったって・・・そりゃ楽しかったさ。でもまだ旅の感想を言うには早いかな?」
「フフ・・・そうかもね。リバー渡っても、まだまだ首都は遠いものね。これからこの旅でどんな
 人に会うか、何を見るか、まだ分からないけど、でもねアレン、一つだけ言える事があるわ。
 誘ってくれてありがとう、ってね!」
「どうしたんだアリス、今朝はやけに素直じゃないか、悪いモンでも食べたのか?」
「あんたねえ・・・・・・見てアレン!陸地が見えてきた!!」

第三話 完

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