「お前らずいぶん早くから起きてるなあ、寝つけなかったのか？」
二人で甲板に立っていると、後ろからギゾがそう声をかけてきた。
「ああ、船旅は慣れていないんでね。でも助かったよ。」
アレンはそういうと大きく伸びをした。
「今は操舵はテオがやっている。もうすぐ港につくが、そうしたら積み荷運ぶのぐらい手伝って
くれよな。タダで乗せてやってんだからよ。」
「分かってるって。任せといてよ。」
「ところでお前ら、ネオカミニートに行くって言ってたよな・・・」
「そうだけど、何か？」
「いや大丈夫だと思うんだがな。ちょっと・・・キナ臭いんだ。」
「キナ臭い？治安でも悪くなっているのか？」
「いや・・・むしろ逆なんだが・・・」
「だったら問題ないじゃないか、なんでそれが『キナ臭い』になるんだ？」
「ネオカミニートの別称は『交わりの都』だという事は知っているだろう？東西南北、あらゆる
人間が夢なり目的なりを持ってやって来る、そして人は首都に多くを与え、首都も人に多くを
与え栄えてきた言うなれば『人間の町』だった。けどな、聞く所最近は都市内美化と防犯体制の
強化の名目で、首都内部の深夜営業も相当キツくなったっていう話だ。ちょっと、気になるな。」
「そんな事があったの・・・」
「ま、行くのは止めないが、あんまり夜中にウロチョロすると警察の世話になるかもな。」
「お、脅かすなよ・・・」
「ま、とにかく気を付けるにこした事はないって事だ。」
それから間もなく、船が港に着くと、テオは船を止め、ギゾはいかりを降ろし、アレン達二人を
船内倉庫へと連れていった。そこには大小数十個の積み荷があり、アレンはその一つを持って
みたが思いの外軽く、小さめの箱ならアリスでも十分持てる重さである。アレン達はそれらを
リヤカーに移し、桟橋を渡り市街地へと出た。
「なあギゾ、この積み荷の中身って何なんだ？」
「ちょっと、それは教えられないな。何せ企業秘密なモンでな。」
「教えられない・・・？まさか麻薬！？」
「バカ！冗談でもそんなこと大声で言うんじゃねえ！！」
「痛ってぇ〜今本気でぶっただろ！」
「周りに聞こえるような声で変なこと言うからだ！あらぬ誤解受けたら商売に響くだろ！！」
「じゃあなんなんだよ荷物の中身って！」
「服だ服！西のあらゆる物がニーヤに集まり、ここリドルに行く、そして東のあらゆる物はここ
からニーヤに行くんだ、特にこいつらはブランド物だからな、結構運び賃がいいんだ。」
「ふ〜ん、ブランド物ねえ。ん？なあギゾ。」
「なんだ？」
「アリスが一箱貰っていいかって聞いてるけど。」
「ダメに決まってんだろ！！ったく、どいつもこいつも・・・」
そう言うとギゾはそれから店に着くまでの数分間、何もしゃべらなかった。
「よし、ここに置いておいてくれ。」
商品の仕入先である商店主は、アレン達に荷物を置かせると箱を開け、商品に傷や破れ、シミ
等がないかを入念にチェックし、そしてそれが一通り終わるとギゾの方を向き笑顔を見せた。
「フム、特に傷とかははないようだな。」
「当たり前だろ？こっちは信用商売なんだから。」
「ハッハッハ、それもそうだったな。じゃあこれが今回の代金だ。」
ギゾは商店主から渡された茶封筒をその場で開け、金額を調べた。そして渡された金額に間違い
がないことを確認すると、「毎度あり！」の一言とともにアレン達とともに店を出た。
「アレンさん達はこれからどうなさるんですか？」
町の喫茶店でやや遅めの朝食を食べながらテオが尋ねた。
「どうするって？」
「私達はこれからすぐにニーヤに帰ろうと思います。植物園の仕事とかもありますし。」
「それにそこからピストン輸送でいけば、明日の朝にはまた仕入れもできるしな。」
「そっか・・・じゃあひとまずお別れか・・・」
「まあそういう事になるな。」
「でも帰りも必ずお立ち寄りになってくださいね。お待ちしていますから。」
「うん！絶対遊びに行くわ。ね、アレン！」
「ああ、もちろん！」
それからアレンとアリスは港で二人を見送り、再び市街地の方へと足を向けた。ここリドルは
別名東の玄関口とも言われており、ニーヤと双璧をなす有数の貿易都市である。当然商業活動も
盛んに行われており、ニーヤに対する対抗心も強い。あらゆる店がひしめきあうこの町もまた、
内外の買い物客を十分惑わすものがある。
「なあアリス、まさかと思うがここでもまた一日買い物ツアーじゃないだろうな・・・」
心の底から不安げな声と表情でアレンがそう聞くと、アリスは笑いながら「旅費もそんなにないし
そんな事はしない」と答えた。その答えにアレンは一瞬安堵の表情を浮かべたが、その後アリスが
「だから、今日はウィンドウショッピングにしておくわ。」と言うと再び肩を落とした。
それからしばらく町の中を散策していると、何十人という人が行列を作っている店にでくわした。
何の店かと思いアレンは看板に目をやろうとしたが、それよりもはやく、アリスは列の最後尾に
いる若い女性に声をかけていた。
「あの、これ何の行列ですか？」
「占いよ占い、最近できたんだけど、良く当たるって評判なの。」
「へえ〜、ねえアレン、ちょっと並んでいい？」
アリスがちょっと何かしていいかとアレンに聞くときは決まって「絶対に」という意味である。
アレンは苦笑いを浮かべながらも、自分も全く興味がないわけではなかったので、アリスと
一緒に長い列の最後尾に並び、小一時間ほどしてからであろうか、ようやく自分達の順番が
まわってきて、薄暗い店の中に足を踏み入れた。
「いらっしゃい・・・」
「占い師」というイメージから女性かと思っていたが、椅子に腰掛けていたのはひどく猫背な
顔まで隠れるローブを着た男性だった。男の手にはタロットカードが握られており、それを
手慣れた様子でシャッフルし、テーブルの上に並べ、一枚を引くようにアリスに指示した。
そして指示に従いアリスがカードを引くと、そこには鎌を持った骸骨の絵が描かれていた。
「これは？なんか気持ちの悪い絵柄だけど・・・」
少し不安そうな表情を顔に浮かべ、アリスは尋ねた。
「死神のカード・・・別れと終わりの暗示・・・今の己の、幸福の終わり・・・」
「ちょっと！縁起でもない事・・・」
「まあまあアリス、じゃあ次は僕が占ってもらおうか。」
アリスの言葉を遮りながらアレンは椅子に座り、アリス同様占い師の指示に従ってカードを
引く。すると今度は片足をひもで縛られ逆さ吊りにされている男の絵が描かれてあった。
「吊し人、ハングドマンか・・・このカードの暗示は自己犠牲と試練・・・お二方、旅の途中のよう
ですが、くれぐれも気を付ける事ですな・・・」
そう言う占い師の言葉を背に、二人は再び町に出たのだがどうも今日という日は、何をしても
今一つ調子が悪い。いつもはすんなりいく宿の手配は手こずるし、食事もオーダーミスをされる、
そして観光地に行っても休館日などと、大したことではないにせよ必ず何らかのトラブルがつき
まとってくるのである。だから二人は宿に帰るといつもに比べひどい疲労感を覚えた。
「な〜んか、今日は調子悪いわね。占いであんな事言われたからかしら？」
「ま、明日明後日にはもうここを出るんだし、気にしない気にしない、今日ははやく寝よ・・・」
「どうしたのアレン？」
「あ・・・アリス・・・う、後ろ・・・」
アリスがアレンの指さす方向を向くと、直径１メートル半ほどの円状に光の柱が立ち上っており
その光の輪のまぶしさに、二人は思わず目を閉じずにはいられなかった。そして数秒後、光が消え
二人が恐る恐る目を開けると、そこには昼間の、不吉な占いをした占い師が立っていた。
「あ・・・あんた昼間の！？」
驚くアレンの前で、男は頭のフードをまくりあげると、髪は金色の長髪で、目は細く鋭い。背も
猫背を装っていたさっきは気がつかなかったがかなり高く、老齢だと思っていた年齢も、まだ
二十代後半から三十代前半といったところである。そして何より、その男から発せられる、”気”
とでもいうべきプレッシャーは凄まじいものがあり、それは二人をしてその場からピクリとも
身動きさせないものがあった。しかしそんな二人の様子をまるで意に介さず、男は、ゆっくりと
口を開いた。
「小僧、貴様なんぞに用はない・・・下がっていろ。」
「（こいつ、どう考えても普通じゃない）・・・・・・アリス！逃げるぞ！！」
アレンは怒鳴るような声でそう言うと、アリスの手首をつかんで走り出した。しかし占い師が掌を
自分達の方に向け、何かを念じるや、頑丈なガラスのような壁があたりを包み、二人の逃げ道を
完全に塞ぎ、それからまたしゃべりだした。
「私はその小娘に用があるのだ。」
「おっさん人違いじゃないのか？俺はアレン、こいつはアリス、ティリアから首都に行く途中の
ただの観光客だぞ！」
「そうか・・・」
「ああ、だから人違いだって・・・」
「アリス・ランフォードと言うのだろう？フフ、我が神の言う通りの名だ・・・」
「な・・・なんなのよ一体・・・なんでこいつ、私の名字まで知ってるのよ！！」
「千年の間に、全ては忘れ去られたか・・・ならば教えてやらん事もない。アリス、貴様は二千年前、
そして千年前と我が神ダーク・ファルスを封じてきた魔女ライアの力を受け継ぎし者！そして
我が名はルラキル！！千年前貴様の先祖とその仲間に殺された男だ！！」
「ライア・・・？ダーク・ファルス・・・？？？」
「千年前に殺されただと？じゃあアンタ自分が幽霊かゾンビかだとでも言うのか！？」
「そんな低俗な物ではないが、そう言った方が貴様らに分かり良いのならそうしておこうか？」
冷たく、哀れむような声でルラキルは言った。その声は、焦りと緊張から無闇に大声になるアレン
の声とは、あまりにも対照的である。
「ライアの名前は神話として聞いたことがあるわ。でも、百歩譲って私がライアの血を引いていた
としても、血なんてどこでどうつながっていたって不思議じゃないじゃない！！」
「普通はな・・・しかしお前は違う。」
「何を証拠に！」
アリスの言葉を遮り、横からそう怒鳴るアレンに、ルラキルは１つのペンダントを投げ渡した。
「これは・・・？」
かなり古そうなペンダントである。装飾などは比較的しっかりとしてそうだが、長年の間に蓄積
された汚れで随分と黒ずんでおり、往年の輝きは望むべくもない。
「これが、証拠？」
いぶかしむアレンに、ルラキルはそれをアリスに渡すようにと言った。アレンは言われるがままに
アリスにペンダントを手渡した。しかしアリスの目から見ても、やはり相当な年代物のペンダント
というふうにしか見えない。けれどアリスは、そのペンダントの裏側に何やら文字が刻まれている
ということに気づき、ハンカチでその部分を少しこすった。
「えっと、La・・・y・・・a・・・Laya・・・ライア？」
アリスの口から「ライア」の文字が発せられると、ペンダントはアリスの手の中で振動を始めた。
そして振動とともにペンダントは内側から汚れという名の殻を破るかのように輝きだし、ペンダント
全体を覆っていた厚い汚れは一瞬にして崩れ落ち、黄金色に光るその真の姿を現した。
「な、なんなのよ、これ・・・」
「ライアペンダント、ライアの血と能力を受け継ぐ者にのみ反応する、ライア一族の秘宝、それが
反応したと言うことは・・・これでわかっただろう？さあ、来いアリス、いや・・・ライア！！」
「ちょっと待てよ！『来い』って一体アリスを、どこに連れていくつもりなんだ！」
「惑星フレオ・・・第二惑星といった方がいいのかな・・・」
「第二・・・惑星だと？デタラメ言うな！そのペンダントもどうせ何かのトリックだろ！！」
「デタラメだと思うなら思うがいい。所詮俗人には関係のない事だからな。」
言い終わるとルラキルの瞳は凄みを増し、更に強烈なプレッシャーを二人に与えてきた。アリスは
もう、蛇に睨まれた蛙のように微動だにできない。そしてそれはアレンにも同じ事であった。
額には冷たい汗が走り、足は小刻みに震えている。いや足だけではなく、体全体が恐怖で震えて
いるのが感じ取れた。
「質問の時間は終わりだ、どけ。」
「・・・・・・・・・・・・嫌だ！」
その瞬間、アレンの頭の中は真っ白だった。ただルラキルに負けたくなくて、アリスを守りたくて
ほとんど無意識のうちにテーブルの上に置いてあった果物ナイフを手に取り、ルラキルめがけて
斬りかかっていった。けれどルラキルは微動だにせず、アレンのナイフをつかみ取り、アレンの
腹に膝蹴りを喰らわせた。
「ぐっ・・・」
「無駄で無意味な抵抗は己の身を傷つけるだけだ・・・やめておけ。」
「う、うるさい・・・大丈夫だアリス、こいつは、俺が片づけるから・・・」
膝蹴りで一瞬止まった呼吸を慎重に落ち着けながら、アレンは立ち上がり、今度は素手のまま
ルラキルに立ち向かっていったが、しかし実力の違いはあまりにも大きすぎた。立ち上がっては
倒され、また立ち上がっては叩き伏せられた。
「貴様には関係のない話なんだぞ？何故、私に立ち向かってくる？お前にも分かっているだろう、
どうあがいてもお前に勝ち目のない事ぐらいはな。」
足にガタが来、やや姿勢が低くなりながらも、上目遣いに自分をにらみつけるアレンを不思議がる
ようにルラキルは言った。
「あんたから見れば関係なくても、生憎こっちにしてみりゃ関係大アリなんでね・・・」
「そうか・・・ならば遠慮はすまい・・・」
「！？消え・・・」
一瞬だった。ルラキルがアレンの視界から消えた次の瞬間、ルラキルのタックルはアレンを弾き
飛ばし、アレンの体はルラキルの結界に激しく叩きつけられた。しかしルラキルは攻撃の手を
少しも緩めず、アレンの体に十数発の蹴りと拳の連撃を見舞うと、アレンは崩れ落ちるように倒れ、
全く動かなくなった。
「フン、いらん手間をかけさせおって・・・さあ、ライア・・・」
「ま、待てよおっさん・・・ちょっと、気が早いんじゃないのか？」
「どこまでも愚かな・・・あのまま黙っていれば、助かる命であったものを・・・」
ルラキルはそう言うと左手でアレンの喉元をつかみ、アレンを軽々と持ち上げた。無論アレンも
持ち上げられっぱなしではない。両手でルラキルの左腕をつかみ、ルラキルの体に数発の蹴りを
入れたのだが、当のルラキルは微動だにせず、ゆっくりと腰にさしてある長剣を抜き、剣の腹で
数回、アレンの首を軽く叩いた。
「いかにしぶとくとも、首を斬られては生きられまいな・・・」
ルラキルは抑揚のない、恐ろしく冷たい声でそう言うと、剣を振り上げた、そしてアレンの首
めがけてその剣を振り下ろそうとしたその刹那に、アリスはルラキルの右腕にしがみついた。
「ま・・・待って！」
「うん？」
「行くから・・・第二惑星だろうとどこだろうと、ついて行くから・・・だからアレンは・・・」
涙ぐみ、全身を恐怖で震わせながら、しぼり出すような声でアリスがそう言うと、ルラキルは
アレンをつかんだまま、首だけアリスの方を向いた。
「フン、初めからそう言っておれば簡単だったものを・・・」
「だ・・・ダメだアリス・・・殺されるぞ・・・」
「アレン、現に殺されそうなのはあなたの方なのよ！ルラキル・・・行きましょう・・・」
さっきよりはだいぶしっかりした声でアリスがそう言うと、ルラキルはアレンをゴミのように
ポイと投げ捨て、アリスの手首を掴んだ。
「アレン・・・バイバイ・・・」
それがルラキルとともに、光の中に消えていく前に、アリスが発した最後の言葉だった。
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