泣いた
自分以外誰もいない、誰にもはばかる必要のない部屋の中で、アレンは思いきり泣いた
悔しかった、悲しかった、そして何より、情けなかった
勝負に負ける事には慣れているけど、今回失ったものはあまりにも大きすぎた。そして
泣き疲れるとアレンはそのまま深い眠りに落ち、目が覚めた時には、日は既に昇っていた。
「寝ちゃったのか・・・くそっ・・・」
鏡を見ると、泣きはらした自分の目は赤く腫れぼったい。アレンはむしゃくしゃ混じりに
冷水で痛くなるほどに顔を洗うと表へ出た。空腹も怪我の痛みも気にならなかった。
ひとまずアレンは、昨日ルラキルが占いをやっていた場所に行ってみた。けれどそこには
昨日まであった店は跡形もなくなっていた。いや、なくなっていただけではない、誰に
尋ねてみても店の存在自体を、占い師の存在自体を知らないのだ。アレンは道を行く人に
手当たり次第に聞いてみたが、何人に聞いてみても、結果は同じで、アレンはただ茫然と
立ちつくす他なかった。そしてそこを今日の商談を済ませたギゾとテオが通りかかった。
「お〜いアレン！・・・聞こえてねえのかな？」
ギゾは少し遠くから、それなりに大きな声でアレンのことを呼んだのだが、放心状態の
アレンの耳にギゾの声は届かない。ギゾは駆け寄ってアレンの肩をポンポンと叩いた。
「どうしたんだ朝っぱらからボケッとして。」
「ギゾ・・・テオさん・・・」
「それにアリスもいないし・・・ははぁ、さてはアリスにフラれたな？ダメだぜあんまり
甲斐性ねえ事しちゃ。」
「・・・・・・・・・そうだよな・・・たしかに、甲斐性のカケラもありゃしないよな・・・」
「なんか、普通じゃないな・・・何かあったのか？」
「ああ・・・」
「とにかく、ここじゃ落ち着かない。話は船で聞くとするか。」
こうしてアレンは、ギゾとテオに連れられて二人の船の中に入り、そこで昨日の昼間に
占い師に出会ったこと、その占い師の名はルラキルと言い二千年の時を生きてきたという
ような事を言っていたという事、そしてアリスのことをライアの子孫だと言い連れさって
行った事など、全てを順を追って包み隠さず話すと、ギゾもテオも一瞬信じられないと
いうような表情を見せた。
「なに！？オイそりゃ本当かよ！」
「アリスさんが・・・」
「分からないよ・・・ホント、全然ワケが分からないよ・・・アリスがライアだとか、ダーク・
ファルスがどうとか・・・何なんだよ一体！！！」
「アレン、落ち着け！で、アリスをさらった奴は確かにルラキルって言ったんだな？」
「ああ・・・アイツの顔と名前だけは、忘れたくても忘れられない・・・」
「でもアレンさん、ルラキルって言うと・・・」
そう言うとテオは今朝の朝刊をアレンに手渡した。そしてその朝刊の一面トップを飾って
いたのは、まぎれもなくルラキルであった。
「ネオアリサ総督、無名の民間人ルラキル氏を筆頭宰相に起用・・・氏はこれまで政界
での経歴はないが学識高く人望も厚く、首脳部も全会一致でこれを承認・・・」
新聞を読むアレンの手が震える。
「アレンさん、アリスさんをさらったのが本当にそのルラキルでしたら、多分、いえ間違い
なく、警察はアレンさんを相手にしないでしょうね。」
テオの言うとおりである。たとえ今自分が警察に行ったとしても、確実に相手にされない、
いやそれ以上にかえって自分が政府に対して嘘の訴えをおこしたとされて牢屋に入れ
られる可能性も多分にあるといえた。
「それでもルラキルと戦って、アリスをって言うんだったら、国にケンカ売る覚悟が必要
だが、それだけの度胸がお前にはあるか？アレン！」
「ああ！」
「よ〜し、いい返事だ。テオ、船を出すぞ。」
ギゾはそう言うと出港の合図を出し、船のいかりを上げた。そしてテオが船のエンジンの
スイッチを入れると、船はゆっくりと動き出した。
「なあギゾ、どこ行くんだ？」
船が動き出してから間もなく、アレンはギゾに尋ねた。
「ネオアリサ太陽系第二惑星フレオ・・・かつてはこのネオアリサに次いで人間の生存が
可能として注目を浴びたが、一年中氷点下数十度の極寒の世界での生活はやはり困難、
結局ほとんどの者が引き上げ、リーク王朝の終身刑者の流罪地となり、それさえも今
から百年前に王朝が財政難を理由に渡航を禁止して以来誰も行く者がいなくなった星
・・・そんな所に行くとかいう馬鹿げた事を実現できそうな人間は、俺の知ってる限り
じゃあ一人しかいない・・・」
「一人？人か？」
「まあな。」
「どんな人なんだ？」
「テオの爺さんの弟弟子だった男・・・そして世界中の情報を覗ける男だ・・・それ以上の
事は、本人から直接聞いた方がいい・・・」
それから間もなく、船は川岸に停められた。それからギゾ達に案内され、道を知らなければ
間違いなく迷子になりそうな、薄暗くうっそうとした森の中を一時間ほど歩くと、突然視界
が開け、そこには大きな門と、門衛と思しき一人の男が立っていた。
「お前らか・・・入れ。」
門衛はぶっきらぼうな声でそういうと、かんぬきを外し門を開け、三人に中に入るように
言った。大きな屋敷である。レンガ作りのその屋敷は、かなり年季が入っているらしく、
壁にも少しツタがはっている。しかし屋敷よりアレンの目を惹きつけたのは、前庭の美しい
庭園だった。その見事さにアレンがみとれていると、間もなく執事と思しき老人が足早に
こちらへと駆け寄ってきた。
「これはこれは・・・ご主人様は現在書斎におられます。どうぞこちらへ・・・」
老執事はそういうと、三人を連れて館の中に入り、二階の書斎へと導き、そして書斎の
扉を数回ノックした。
「ご主人様、お客様をお連れしました。」
「うむ・・・」
大きな書斎である。本棚には文学、歴史学、天文学、物理学等、計数千冊もの書籍が整然と
整理されており、その書斎の一番奥の机で、老眼鏡をかけて白衣を着た老人は一冊の本を
読んでいたが、アレン達が近づくとパタンと本を閉じて手元に置き、執事に持ち場に戻る
ように指示すると三人の方を向いた。
「おお、お前らか・・・久しぶりじゃのう。」
「ログさんもお変わりないようで・・・」
「おう、おかげさまでの。ところで、横の若いのは？」
「あ、こちらの方ですか。アレンさん、自己紹介を。」
テオは左隣にいたアレンに自己紹介を促した。
「えっとアレン・ハランツと言います。ティリアの・・・」
「ティリアでハランツ・・・とすると、軍のハランツ夫妻の息子か何かかの？」
「え？なんでそれを！？」
「ワシゃ世界中の情報を覗ける、軍首脳部の戸籍の入手くらい朝飯前じゃて。」
テオにログと呼ばれた老人は、そう言うとニコと微笑んだ。
「・・・・・・フム、そのような事がの。」
アレンの話を聞くと、ログは頭を数回掻き、手元の紅茶を一口飲んだ。
「ルラキル・サ・リーク・・・二千年前の戦争で妻子を失い、その心を悪に染めた、純粋すぎる男、
また出てきおったか・・・」
「じゃあ、千年前の伝説は本当なんですか？」
「当然じゃ。ノイン・ノ・サテラ、ミュー、シーレン、二代目ライア、ルナ・ケイ・エシル・・・
全て史実じゃよ史実。まあそれはともかく、お前さんはフレオに、第二惑星に行く方法を
探しにここに来たと、そういうわけじゃな。」
「はい・・・」
「いいじゃろ、孫のようなテオとギゾの頼みじゃ断るわけにもいかんからのう・・・ただ。」
「ただ？」
「アレン、お前さんはルラキルと戦って勝つ自信はあるのか？」
「それは・・・どういう意味ですか？」
「たとえお前さんが運良くルラキルに会わずにアリスとか言う嬢ちゃんを取り返したとしても、
ルラキルはまたお前さん達を追いかけてくるじゃろう。そうなった時、はたしてルラキルが
またお前さんを見逃してくれるかの？」
「・・・・・・」
「まあお前さんにも言い分はあるじゃろうがな。そこでじゃ・・・ギゾ！」
「はい。」
「アレンの腕がどれほどか見てみたいんじゃが。」
「分かりました・・・アレン、お前、得物は何がいい？」
「え、得物って・・・？」
「ログさんが言っただろ？お前の腕が見たいって。俺もお前の腕がどれほどなのか、この際
見てみたいしな。」
それから約十分後、二人は準備を整えて道場に来た。アレンの武器は木刀、ギゾの武器は木刀
よりだいぶ長めの樫でできた棒である。そしてログとテオの見守る中、試合は始められた。
ギゾの棒が横からなぎ払うようにアレンの脇腹を狙ってくる。アレンはそれを木刀で受け止め
たが手に衝撃と痺れが残る。その痺れも抜けないうちにギゾは今度は上段から肩にめがけて
棒を振り下ろし、アレンの左肩に強烈な一撃を直撃させた。
「くっ・・・」
アレンが怯んだのを見て、ギゾはもう一歩踏み込んで突きを繰り出した。しかしアレンも今度は
それを無理に受け止めようとせず、後方に飛び退くようにしてかわし、痺れが抜けるとギゾの
棒を木刀で受け流し、がら空きになったギゾの胴体めがけて木刀を打ち込みにいき、ギゾの
脇腹をかすらせた。
「少しは、エンジンがかかってきたみたいじゃねえか・・・けど、まだ生ぬるいぜ。」
その言葉とともにギゾの攻撃のスピードが上がる。上段、下段、更にフェイントまで織り
交ぜての変幻自在というべき攻撃、アレンは反撃の機会をうかがい、防御に徹したが、
ついに守りがくずされ、一瞬のスキが生まれた。そしてその一瞬をギゾは見逃さなかった。
「いくぜダメ押し！針串刺しの刑だっ！！」
瞬間、ギゾの棒が何本にも増えたように見えた。そしてアレンの体に何発もの連撃が
命中する。急所こそ外れていたがそれでもダメージは大きかった。
「（強い・・・ルラキルほどじゃないけど、それでも俺なんかより全然・・・けど！）」
「まだ、やれるみたいだな。さすがに背負うモンがあると、ってヤツか？」
「ギゾの攻撃は今の自分には防ぎきれない・・・それならっ！」
言うやアレンは猛烈な勢いでギゾに突進していった。防御はほとんど無視である。何十回と
木刀と棒がぶつかりあう。そして勝負は、お互いの武器が砕け、素手での殴り合いになり、
ログとテオが止めるまでの数十分の間、ひたすら続いた。
「ふ〜む、見込みはあるようじゃの。けれど、まだまだ荒削り、ルラキルと戦っても絶対に
勝ち目はないじゃろうな。」
ギゾとアレンの勝負が終わると、ログは言った。アレンも、それに対して反論はできない。
中盤以降はギゾ相手に互角近い戦いをしていた。しかし自分は肩で息をしているのに対し
ギゾはまだまだ余力がありそうである。さらにギゾの力はルラキル程ではない。自分の力が
不足している事は、あまりにも明白だった。
「のうアレン。」
ログの言葉に肩を落としたアレンに、ログは再び言葉をかけた。
「ルラキルがそのアリスとかいう嬢ちゃんを殺したかったのなら、最初に出会った時に
殺していた、そうは思わんか？」
「え？」
「それをしなかったという事は、ヤツにも何か考えがあるんじゃろうて。お前さんも折角
助かった命じゃし、しばらくここで力をつけていっても損はあるまい。なに、軍の方に
アンテナは立ててある、心配はいらんよ。」
アレンも反論はしたが、結局この老人の言うとおりにするほか方法はないという事に
気付くのにそう時間はかからなかった。そしてギゾとテオの協力も得、アレンはここに
しばらく止まり、自らの腕を磨くことになった。
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