アレンがギゾ達と再会し、ログの元で修行を開始した頃、アリスはルラキルに連れられて
ひどく古く、薄汚い建物の中へと来ていた。
「ここは、一体・・・？」
建物はもう何年も使われていない感じである。足元には綿ぼこりが積もり、天井には
クモの巣が大量に張られている。天井には電灯もあるが、壁のスイッチをいじっても
全くの無反応だった。
「あらかじめ説明しておいたであろう・・・ネオアリサ太陽系第二惑星フレオ・・・」
「ほ、本当にそうなの？ここ・・・」
「アレンとか言うガキにも言ったが、信じる信じないはお前の勝手だ。」
ルラキルの口調は相変わらずひどく冷たく、目線もアリスの方に向けようとしなかった。
「・・・わかったわ。で、ここは第二惑星のどこなの？」
「フレオがその百年前までどのような役割を演じてきたか知っているか？」
「えっと・・・たしか、終身刑者の流刑地・・・ってまさかここが・・・」
「そう、ここがその牢獄だった場所、”嘆きの牢”トリアダだ。」
ルラキルはそういうと、目の前の錆びついた扉を強引にこじ開けた。扉を開けると、
目の前には階段があり、地下へと続いている。
地下は地上ほど外気の影響を受けないので、思ったほどは寒くない。しかしなんともいえぬ
異臭は立ちこめるし、牢の中をのぞき込むと骸骨がある部屋さえもある。ルラキルは左手で
アリスの手首をつかみ、右手に懐中電灯を持ち奥の方の牢までいくとアリスを部屋の中に
押し込み、表から大きな錠前をかけた。
「痛たた・・・ちょっと！人をこんな所に入れとく気！？」
「そういう事だ。しばらく、ここで大人しくしていろ。」
冷たい声でルラキルは言った。
「どういうつもりよ！それにそもそも、あなたの言う神って何者なの！？」
「質問は一つにしろ・・・それ以上は答えん。」
「じゃあ、ダーク・ファルスの方はいいわ。私をこんな所に入れて、一体どういうつもり
なのか・・・教えてちょうだい。」
「いいだろう。」
ルラキルはうなずき、はじめてアリスの方に目を向けて話しだした。
「お前の力はまだ覚醒していない。よしんば覚醒していたとしても、極めて低レベルだ。
しかも受け継がれたライアの力というのがどれほどのものか分からない今、お前を
首都に置くのは我々としては得策ではない・・・かといって野放しにするわけにも
いかないのでな。だからここで大人しくしてもらおうというわけだ。」
ルラキルはそう言うと、続くアリスの問いかけを無視し、再び光に包まれて、いずこへ
ともなく消えてしまった。
「どうして・・・どうしてこんな事になっちゃったんだろう・・・」
ルラキルがいなくなり、緊張の糸が切れたアリスの目から涙が出てきた。アレンとのただの
観光旅行だったはずが、自分の知らない、知りようのない力によって急激にねじ曲げられ
たのである。それからこのわずか数時間に起こった事は、アリスが一度に理解するには
あまりにも複雑すぎた。やがて時間が経つにつれ、空腹にもなってくるし、牢の中も「上
ほどは」寒くないにせよ段々と寒くもなってくる。夏場で薄着であったから尚更だった。
けれどアリスは、薄暗い部屋の隅っこに、ボロボロの埃をかぶって異臭さえ放っている
一枚の麻布がある事に気付いた。
「こんなのでも・・・ないよりマシか。」
体にかぶせてみると思いの外暖かい、寒くないと言えば嘘になるが、ひとまず凍えずには
すみそうである。アリスは麻布にくるまり、ウトウトしだした。
・・・どれほど眠ったであろうか、寝たり起きたりを繰り返していると、今まで吹雪の音
しか聞こえてこなかったのに、むこうから何やら別の音がしてきた。それは決して自然の
音ではない。カシャーン、カシャーンという機械的な、人工的な音である。
「なに？この音・・・」
音は段々とこっちへ近づいてくる。機械の音と人間の足音、そして二つの音がかなり
こっちに近づいてきた時点で、機械の音は止まり、人間の足音だけが更に近づいてくる、
そしてアリスの前に一人の男が現れた。
「クックックック・・・ご機嫌いかがかな？伝説の魔女の子孫殿・・・」
牢の扉の外で、男はアリスを見下して言った。男の年齢は４０代後半といったところで
あろうか、濃紺の髪は少し後退し、体つきは短身痩躯、顔も細く全体的に陰気な印象が
ぬぐえない、目だけがやたらギラギラと光っているように感じられる男である。
「あ、あなたは？」
アリスが恐る恐る尋ねると、男は口元にいやらしい薄笑いを浮かべ、答えた。
「私かい？私の名はガルム、総督直轄軍第二部隊、機甲兵団をまとめる者・・・」
「総督軍って・・・たしかガズニさんが第一部隊長って言ってた・・・」
総督直轄軍の名前を聞き、アリスが思わずガズニの名前を口にすると、ガルムと名乗る
その男は眉をつり上げ、顔に青筋を浮かべた。
「貴様！そいつの名前は口にするな！！私の大嫌いなあの堅物の名を！・・・おまけに
最近ルラキルとかいう野郎も大きな顔をしおって、私の肩身は狭くなるばかりだ！
人がここまで登り詰めるのに一体いくらかかったと思ってやがる！クソッ！！」
ガルムは我を忘れて怒鳴り散らした。彼は元々機械技師としては非常に優秀な男である。
しかし出世欲と嫉妬心が人一倍強く、政府の内部に賄賂をバラまき、自分の立場を危うく
しそうな人間は職権を濫用して左遷と解雇、更に濡れ衣まで着せて追い落としをを繰り
返してきた。当然、そんな彼を快く思わない人間は政府内に山ほどいる。また総督も
そんな彼の性質に当然気付いているが、技師としての技量は群を抜いているし、更に
持ち前の世渡り上手を駆使してそれらをうまく切り抜けてきたのであった。
「あなた一体何が目的なのよ！答えなさいよ！！」
牢の中からアリスが怒鳴るとガルムは再び静かな口調を取り戻し、吐き捨てるように
アリスに言った。
「目的だと？簡単な事だ。始末するんだよぉ、キ・サ・マ・を・な！。」
「え？・・・始末！？」
「伝説の魔女だか何だか知らないが、ルラキルはお前さんに利用価値を見いだしている
らしくてねえ、そんなお前を殺せば、ヤツはさぞかし悔しがるだろうなあ・・・」
アリスは、全身の血の気一気にが引く感覚を覚えた。そしてガルムが指をパチンと鳴らす
と、またさっきの機械音が響いてきて、数秒後には背の高さは３メートル強で、全身
気持ち悪いピンク色をし、右腕は剣の形をし、左手には盾がくっついているロボットが
アリスの前に姿を現した。
「コイツが・・・あの音の正体！？」
「そう、古代のロボット兵を再現した格闘戦用兵器、デスアーマー！やれ！！」
ガルムの合図とともに、デスアーマーはいとも簡単に牢の扉を蹴り破り、牢の中に
入るとアリスめがけて右腕の鋭い剣を振り下ろした。アリスは間一髪でそれをかわす
と、敵の体制が整わないうちに脇目もふらずに全力疾走で逃げ出した。
「クックックッ・・・逃げろ逃げろ、そのために初弾は外したのだからな・・・」
必死に逃げるアリスの後ろ姿をさも愉快そうに眺めながらガルムは言い、そして
デスアーマーに体制を整えさせるとゆっくりとアリスの追撃を開始した。
「出口は・・・出口はどこ！？」
薄暗い建物の中を、アリスは必死で走り回った。耳には遠くから機械の足音とガルムの
笑い声が響いてくる、その音は少し遠くなったかと思えばまた近くもなり、アリスの
神経をいやらしいほどに刺激した。
アリスは多少は目が慣れてきてはいたが、この薄暗い、しかも所々地面が氷結している
建物の中を灯りも無しに走るのは相当辛い。しかも建物自体が相当入り組んでいる。
そんな中をアリスは十分ほど走り回り、ついに最初に降りてきた階段を見つけた。
「やった！ここを上れば・・・」
アリスは安堵の笑みを浮かべ階段を上りかけた。しかし途中で、上にもデスアーマーが
しかも複数いる事に気づき、あわてて引き返す、そして別の出口を求めて再び地下を
走り回ったが、次第に疲労が蓄積し、走るペースが鈍ってくる。そしてついにガルムと
デスアーマーに行き止まりに追いつめられた。
「どうしたぁ〜？もう、逃げないのかぁ〜？」
「・・・・・・」
「狩りは追う者と追われる者のゲームだと言う、けれど有利なのは圧倒的に追う方だ。
ハナっからお前に、勝ち目はないんだよ！」
デスアーマーの蹴りがアリスに直撃する、腕の上からだったが衝撃はとてつもなく強く、
アリスは石壁に叩きつけられた。そしてガルムはアリスがもう身動きが取れない事を
確信すると、喜々として聞く者を不快にする笑い声をあげながらアリスのことを何度も
何度も蹴り飛ばした。アリスに反撃する事などできない。ただ気を失わずにいるのが
精一杯だった。
「フウ・・・少し疲れたな。おいデスアーマー、もういいぞ、止めを刺せ。」
ハンカチで額の汗を拭い、ガルムは自分の後ろに控えているデスアーマーにそう命令を
した。しかしデスアーマーはガルムの命令にまるで反応せず、直後にガシャンという音
とともにその場に崩れ落ちてしまった。
「な、なんだぁ！？」
ガルムは狼狽し、キョロキョロと周囲を見回したが誰もいない。そしてアリスの方を向き
なおそうとした瞬間、何者かが後ろから話しかけてきた。
「後ろを取られても気付かないなんて・・・」
「い、いつの間に私の背後に・・・」
ガルムが驚愕の表情とともに飛び退いて後ろを振り向き、アリスもガルムと同じ方へと
視線をやるとそこには一人の女性が立っていた。髪の毛は朱色で、稟とした瞳は深い青、
そして色白できめの細かい肌をしたその女性は、アリスが今まで見たことがないくらい
美しい人である。また手の甲には金属製の爪がはめられており、デスアーマーを背後から
葬ったのも、この爪であろう事は容易に想像がついた。
「何時間か前に大きな邪気を感じて来てみら・・・もっともその邪気の主はあなたじゃ
ないみたいだけどね。けど・・・」
「な、なんだ貴様は！今デスアーマーを破壊したのは貴様か！！どういうつもりだ！！」
「あなた、フレオの人間じゃないわね。デスアーマーなんて物騒なもの引き連れて、一体
何しに来たっていうの？」
赤い髪の女性はガルムの質問には答えず、かえってガルムを問い詰めるように言うと、
ガルムは顔を真っ赤にし、赤い髪の女性にがなり立てた。
「え、ええいうるさい！貴様は知らんだろうがな、こいつは二千年前の魔女ライアの血を
引く者なのだ！ゆえにこいつを生かしておくことは将来の禍になる恐れがある！だから
今ここで処刑せねばならんのだ！」
「・・・そう、この子がライア様の・・・」
ガルムの「ライアの子孫」という言葉を聞くと、赤い髪の女性は懐かしそうな目をして
アリスの方を見つめた。
「そうだ！わ、分かったらどいてろ小娘！！」
「あいにく、それならますます見過ごすわけにはいかないわ・・・」
「ならば貴様も公務執行妨害で始末するだけだ！デスアーマー部隊！」
ガルムはそう言うやポケットの中に入っていた機械を取りだしスイッチを押した。これで
表に待機している数体のデスアーマーが一気にここに押し寄せてくる・・・ハズだったの
だが、ガルムが何度ボタンを押しても沈黙しか帰ってこなかった。
「す、スイッチの故障か！？何故部隊が来ない！」
ガルムの顔に焦りが色濃く浮かぶ。
「あんたの言う”部隊”ってのは、ここの入り口にいた５、６体の事かしら？」
「な、なんでそれを・・・」
「あれだったらここに入る時に私が片づけたわ。嘘だと思うのなら確かめてみたら？」
「ぐ・・・そ、そこまで言うなら確かめてきてやる、う、嘘はすぐにバレるもんだ・・・」
ガルムはそう言い残すと大慌てで逃げ出していった。そして赤い髪の女性は少しだけ
目をうるませ、傷だらけのアリスを優しく、包み込むように抱き上げた。
「ライア様、お会いしとうございました・・・」
「あなたは・・・」
「千年の間、あなたをお待ちしておりました・・・ミューと申します・・・」
「ミュー、さん・・・」
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