「う・・・うん・・・」
「ライア様、お目覚めになられましたか？」
目が覚めると、アリスは自分が全く知らない部屋にいる事に気付いた。いつの間にか
服は寝巻になっているし怪我した所には丁寧な手当が施されている。その上薄暗くて
寒い牢屋にいたハズなのが暖炉のある部屋で暖かいベッドの上に寝かされている。
そして脇には、あの時は怪我で意識がもうろうとしていた上に直後に安心と出血から
気を失ったのでよく覚えていないが、ガルムと名乗る男に殺されそうだった自分を助け
てくれたあの赤い髪の女性が座っていた。
「丸二日も、眠っておられたのですよ。」
赤い髪の女性はアリスにそう言ったが、アリスにはなぜこの女性が、初対面でしかも
年下の自分に敬語を使うのか理解できなかった。
「えっと、あなたは確か・・・ミューさん、でしたっけ・・・？」
「はい・・・」
「変な男に殺されそうだった私を助けてくれたんですよね。ありがとうございます。
私、アリス・ランフォードって言います。でもなんで・・・」
「使命ですから・・・一千年の昔から、ライア様の血を引く方にお会いするのを
お待ちしていました・・・」
「ちょ、ちょっと待って、ミューさん。今、千年って言った気がしたけど・・・」
「その通りです・・・今から千年前、ノイン様やシーレン、ルナ様、そしてあなたの
先祖である二代目ライア様とともに破壊の神ダーク・ファルスと戦い、光と闇の
歴史を語り継ぐ者として今まで生きてきました・・・」
ミューがそう言ってもアリスはにわかには信じられなかった。もっとも、目の前の
どう見ても二十代にしか見えない人にいきなり「私は千年以上生きてきました」と
言われて信じる人間なんていやしないのだが。ミューはアリスのそんな表情を察する
と、手元にあったナイフで自分の腕に細長い切れ目を入れた。
「ちょっ、いきなり何を・・・え？ええぇっ！！！？？？」
ミューの腕の傷を見た時、アリスは我が目を疑った。ぱっくりと裂けた傷口から、
機械のような物が顔を覗かせているのである。ルラキルに会い、第二惑星に連れて
こられ、牢屋に入れられ、挙げ句の果てには古代の機械兵に殺されかけ、もう何が
おきても驚かないくらいの気持ちでいたアリスだったが、この事には新たな驚きを
感じずにいられなかった。
「ミューさん、あなた・・・」
「アンドロイドです。千年以上前の古代超文明で作られたアンドロイドの最後の
一体、それが私・・・」
アンドロイド、人間そっくりに作られたロボット、そういった物が遥か昔に存在して
いたという事だけは歴史の授業で教わった事がある。その時は話半分程度にしか
聞いていなかったが、今人間と全く変わらない「本物」を目の前にしては、その
内容が正しかったと信じざるを得なかった。そして同時に、彼女の話もある程度は
信じなければならないという事も。
「ミューさん、あなたがアンドロイドなら、千年間生きてきたってのも納得いくわ。
けど私、それ以外のことは何が何だか全然わからないの。ライアの血を引いてる
ってのは千年前の血縁なんてどこでどうつながってるか分からないからありうる
としても、なんでルラキルが私は特別だって言ったのか、そしてルラキルが私に
よこしたペンダントの事とか・・・」
「わかりました・・・説明させていただきます・・・」
アリスの質問に対し、ミューはどこから説明したらいいものかしばらく考え、
そして口を開いた。
「あなたのご先祖様、二代目ライア様はダーク・ファルスとの戦いの中で戦士と
しては再起不能な深い傷を負われました。また、長い戦乱に心も痛めておられ、
普通の人としての静かな暮らしを望まれたのです。ノイン様らは皆、王室に
止まるようにと引き止めたのですが、ライア様の意志は固く、間もなく王室を
後にされました。そして去り際に王室残されたのが、ご自身の武器であった
最強の弓、ネイボウと未来へのメッセージを込めたペンダントでした・・・」
言い終わるとミューはテーブルに置いてあったライアペンダントをアリスに手渡し、
それを耳にあてるように指示した。そしてアリスがミューの言う通りにペンダント
を耳にあてると、ペンダントの奥から声が聞こえてきた。透き通るように綺麗で
優しい口調の女性の声である。
「私の、遠い未来の子孫へ・・・」
アリスは声の主の顔を知らない。けど、言葉では説明できないけれど、なぜかその
声にある種の懐かしさを感じずにいられなかった。アリスは息を呑み、ペンダント
から聞こえてくる声に耳をやった。
「私の姉、初代ライアはオラキオとともに暗黒の神、ダーク・ファルスに戦いを挑み
ました。しかし戦乱の末、姉とオラキオは亡くなり、ただ一人残された私は姉の
遺志に従い冷凍睡眠で千年の時を超え、ノイン様達と出会い、再び甦りし邪悪の
神へと共に戦いを挑みました・・・
私達は戦いに勝利しました。しかし私はこの戦いで深手を負い、たとえこれから
再び眠りについたとしても次の戦いの役には立てそうもありません・・・
千年後の私の子へ、私の力を託します。しかし同時に祈ります。どうか千年後が、
あなたが私の声を聞く必要のない世界でありますように。人々の幸福を妬む神の
いない世界でありますように・・・」
ペンダントから聞こえてくる言葉はそこで終わり、それ以上アリスがペンダントに
耳をあてても、何も聞こえてこない。そこでアリスが耳からペンダントを離すと、
ペンダントからのメッセージを聞き終わるのを待っていたミューが再び口を開いた
「二代様は、一族の持つ特殊な力が、平時においては害になると考えられ、千年後
の直系の子孫までその能力を封じ、逆に千年後の子孫はその分強く力が反映される
ようにと呪法を施されたのです。そして代を重ねて託されたその能力は、平時には
決して目覚めないもの・・・ライア様も今までその力を使う機会もなかったので
ご自覚はないでしょう。恐らく、何となく動物の考えがわかるとか、その程度の
力しかお持ちでなかったと思います。」
「それで、私にどうしろって・・・」
「戦うのです、全てを破壊する邪神、ダーク・ファルスと！！それがライア様の
千年、いえ、二千年前から定められた使命なのです！！ここに千年もの間主を
待ちわびていたライア様の武器、ネイボウもあります。さあ・・・」
そう言ってミューは壁に立て掛けてあった弓を手に取り、アリスに渡そうとした。
しかしアリスは顔を真っ赤にし、ミューの手に握られたネイボウを右手で叩き
落とした。
「いい加減にしてよ・・・何が・・・何がライアよ！何がダーク・ファルスよ！！
そんな事私には全然関係ないじゃない！」
「ライア様・・・」
「ミューさんには殺されそうなところを助けてもらったし、その事には感謝してる
けど、結局私をワケの分からない千年前の因縁とかっていうのに巻き込もうと
してるだけじゃない！ルラキルと同じで！！
「ライア様！」
「さっきから私のこともライアライアって！私はアリス！アリス・ランフォード！！
それ以外の何者でもない！！」
アリスは怒鳴った。怒鳴らずにはいられなかった。そして怒りにまかせ更に言葉を
続けようとした瞬間、ミューの左手はアリスの頬をひっぱたいていた。
「な・・・なんで私がぶたれなくちゃいけないのよ！」
「ライア様、あなたは少々頭が混乱していられるようです。しばらく頭をお冷やしに
なられた方がよろしいかと。」
ミューはそう言い残すとあとは一度も後ろを振り向かずに部屋を出て、そして表から
部屋に鍵をかける音がアリスに聞こえた。ドアノブに目をやってみると内側に鍵穴は
なく、また部屋こそ暖房が効いているもののコートやオーバーなどといった防寒具の
類は何も置いていない。自分の反発もある程度は予想していたのだろう。
「これからどうなるんだろ・・・」
いっこうに止む気配のない表の吹雪に窓から目をやりながら、アリスは椅子に腰かけ
テーブルに肘をついて物思いにふけりだした。
「アレンはあれからどうしたんだろ？かなりの大怪我みたいだったけど大丈夫だった
かな・・・母さんにも、結局まだ手紙書いてないわね、心配してるかな・・・」
頭の中を今までの楽しい思い出が走馬燈のように次々と思い出されては消えてゆき、
頬を再び涙が伝う、そしてアリスが服の袖で涙を拭うと、吹雪のむこうから何か人影
らしきものがこちらの方へと近づいてくるのを見つけた。
「まさか、追っ手！？」
アリスは表から自分の姿が見えないように窓際に立ち、横目でこっちの方に近づいて
来る表の人影を凝視した。影は段々と大きくなってくる。そしてその影が大きくなる
のと同じように、アリスの胸の鼓動も大きくなってくるのを感じた。けれどその影が
家からあと数メートルという所まで近づいてようやく、それが一頭立ての幌馬車だと
いうことが分かった。
「人が住んでたんだ、この星にも・・・」
年間の平均気温が零下３０度、人が住むのは不可能ではないが定住するにはあまりに
困難が多いとされ、ネオアリサからはその存在が完全に忘れ去られたこの星に、人が
住んでいるとは思わなかった。馬車の荷車の前部には人が座る所があり、年齢や体格
といった細かいところまでは分からないが、一人の男が手綱を握って座っていた。
男はぶ厚い毛皮のコートと帽子を着ていたが、かぶっていた帽子が突風に吹き飛ば
されると、馬を止めて馬車を降り、大慌てで帽子を追いかけどこかへ行ってしまった。
「もしかしたら、逃げられるかも！」
馬車の主の男はどこかに行ってしまい、周りには誰もいない。またミューもこの恰好
では表には出られないと思っていたらしく、窓は簡単に開く。今のうちに荷車の中に
潜り込んでしまえとりあえずこの場からは逃げられそうである。しかし、馬車の主が
いい人だとは限らない。悪人だったり、ルラキルやガルムの追っ手だという可能性も
否定できない、いやむしろそういった可能性の方が高いといえた。
「どうしよう・・・」
馬車の主がいつ帰ってくるかわからない今、アリスは即座に決断をしなければならな
かった。一か八かで逃げ出すか、それともここに止まるか・・・
「あの時のミューさんの目は本気だった、きっと本気で私をダーク・ファルスとか
いう名前の敵を相手に戦わせるつもりなんだろうな・・・ダークファルス、暗闇を
産み出す者・・・ダーク・ファルス！！」
ダーク・ファルスの名を口にしたとき、アリスは全身に鳥肌が立ち、体が強く震える
のを感じた。さっきまではなかった感覚である。ミューと会い、ライアペンダントの
声を聞いた事による影響なのだろうか、ライアという名、ダークファルスという名に
さっきまでは感じなかった強い言霊を感じるようになっていた。呼吸が乱、額には
冷たい汗が走る。そして恐怖が、全身を包み込み、次の瞬間、アリスはほとんど
本能的に窓を開け、寝巻のまま表へと飛び出した。外は思っていたより遥かに寒く、
雪が顔を横殴りに吹き付ける。アリスは凍えそうになりながらも無我夢中で馬車の方
へと走って行った。
「ブルルルルル・・・」
「ごめんね、びっくりさせちゃって。何もしないから」
見知らぬ人間が近づいてきた事に対し、馬は敏感に反応していななきをあげようと
した。けれどアリスが馬に語りかけ、優しく顔をなでてなだめるとすぐにおさまり、
それを確認するとアリスは馬車の後方の幕を開けた。中にはワラやたきぎ等様々な
物が積み込まれてあったが、自分一人が入り込むくらいの隙間は何とかある。アリス
は大急ぎで幌を閉め、息を殺すと、直後に人の足音が聞こえてきた。
「ふぅ〜、やれやれ、エラく走るハメになっちまった。」
何とか自分の帽子に追いついた男は、ボヤきながら再び荷車に座ると、ムチで軽く馬の
尻を叩き、自分の家の方へと馬を向かわせていった。
オンライン小説のコーナーに戻る
トップページに戻る