ロークが闇に飲み込まれた次の日，まだ夜も明け切らぬ頃，ファルはエスパーの館に
戻ってきた。
「ファル！！」
「母さん！！」
結局あの後も徹夜で稽古をしていたルディとルイが，まずファルの帰還に気が付き、
二人ともわれ先にとファルのもとに駆け寄っていった。
「ルディ・・・ルイ・・・」
「母さん・・・」
「ファル・・・」
お互いを固く抱きしめ会う親子三人，わずか数日会っていないだけだが，何か、すごく
長い間会っていなかったような、そんな気がした。
「ファル・・・逃げてこられたのか・・・良かった・・・」
「ううん、そうじゃないの・・・」
「え？まあ詳しい話は後で聞くとして、ちょっとスレイ達起こしてくるよ。」
そう言い残してルディはエスパーの館の方へと駆け出していった。
「母さん・・・」
「ルイ・・・」
「ごめん・・・助けに行けなくて・・・」
「いいのよ、ルイ。こうして無事に帰ってこられたんだから。」
「うん・・・」
母の腕の中でむせび泣くルイ，その姿は普通の子供と何ら変わりはない。そしてそのルイを
抱きしめるファルの姿もまた、普通の母親と変わりはなかった。
「よ〜う、無事だったみたいだな・・・」
ルディに連れられてスレイがやってきた。当然シェスとナーシアも一緒である。
「あ、ルイ，もしかして泣いてた？」
ルイの目が少し赤いのを目ざとく見つけからかうナーシアと、ムキになって反論する
ルイ，その様子に昔のスレイと自分を重ね，ルディは苦笑いをせずにはいられなかった。
「で、ファル・・・」
まず最初にスレイが話を切りだした。
「教えてくれないか？何が，あったのか。」
「うん・・・」
ファルはゆっくりと五人に話しはじめた。ナルバスでの戦いの後，ロークがダーク・
ファルスに心の隙をつかれたこと，今はもう、恐らく狂気に魅入られているであろう
事も話した。ただ、ロークが自分に抱いた感情だけは言う気になれなかった。
「そうか・・・」
ファルの話を聞き終わるとルディは深くため息をついた。
「皮肉なものだな・・・人一倍ダーク・ファルスを憎んでいた男が、ヤツの虜になる
とは・・・あいつも、ラ＝シークあたりと同じ道をたどるのかもしれんな・・・」
「ううん・・・それはないって信じたい・・・」
「ファル・・・」
そう話している最中，一人のエスパーが急を告げに来た。
「大変です！！たった今入った知らせによると，ロークによってミ、ミースの街が
全滅との急報が！！」
「！！」
皆の顔色が即座に変り、目つきも険しいものになった。
「ローク・・・いや、ダーク・ファルスが、動き出したみたいだな・・・」
「ええ・・・」
「行くぞ！みんな！！死人が出たからには、止めなくちゃならないからな・・・命に
かえても！！」
「うん！！」
「な〜んて間違っても思うなよ。」
気合いの入ったルイの返事に肩透かしを喰らわすかのようにルディが言った。
「え？じゃ、じゃあ，また逃げるのかよ！」
「勘違いするなよルイ・・・ロークには勝たなくちゃならない。これ以上，犠牲者を
出さないためにもな。ただ、死んでも止めようなんて思うな！ちゃんと生きる事を
考えて，その上で勝つんだ・・・いいな！生きて、勝つんだ。できるか？」
「やってみるしかないんだろ？」
「そのために，戦いに必要なものは何だか・・・覚えているか？ルイ？」
「えっと・・・冷静さ，だっけ？」
「よし・・・じゃあ、行くか！！」
ルイの返事にニコリと口元に笑みを浮かべながらルディは立ち上がろうとした。
「ちょっと待ってルディ！！」
「なんだ、ファル？」
「今ルイが言った”また”ってどういうこと？」
「え？あ、いや、それは・・・」
「すぐに私を助けに来てくれなかった事と、何か関係があるのかしら〜？」
ファルのただならぬ雰囲気にルディは思わず後ずさりした。声や表情が，表面上は
静かだからこそ，余計に怖く感じられた。
「ま、ちょっと考えれば事情は分かるけど。エスパーの館全体の混乱を考えて，私情に
走った行動はできなかったってトコかしら？」
「う・・・」
そう言うやファルはルディの頬を思いっきりひっぱたいた。
「だから、助けに来てくれなかった事については往復ビンタ一発で許しといてあげるわ。安い
モンでしょ？」
「は、はい・・・」
「じゃ、行きましょ！」
ファルの呼びかけに半ば怯えながら返事をするルディ，彼の両頬にはくっきりとファルの
手形がついている。
「（ねえパパ？）」
「なんだ、ナーシア？」
「（尻に敷くって、ああいう事言うの？）」
「まあ・・・な。しっかし不思議な連中だな・・・これから生きるか死ぬかの戦いに
行くなんて事を忘れそうになるくらいだ・・・」
スレイ自身，さっきまで相当緊張していたと言っていい。幾多の死闘を演じてきた彼でも
あの時のロークの圧倒的な強さは深く心に刻みつけられていた。けれど今，ルディ達の
様子を見ていると，いつの間にかリラックスし、いつもの快活な彼に戻っていた。
「（まあ、まさかそれを狙ってやったワケじゃあないだろうがなあ・・・）」
それから間もなく，館の守りのために残したシェスを除く五人はミースについていた。
そしてそこで彼らの見た光景は，言語に絶する物であった。
「これは・・・」
「なんて、ひどい・・・」
おびただしい死体の山，しかも皆，一撃では殺していない。急所を的確に外し，その
上で絶対に助からないように切り刻まれていた。
「ウッ！！」
その光景のあまりの凄惨さに思わずナーシアは嘔吐した。
「大丈夫か？ナーシア。」
「うん・・・」
顔面蒼白ながらナーシアは必死にこらえようとしている。
「！！」
ミースの死人達が急に起きあがった。しかしその目に生気はない。ゾンビと化した
村人達が五人めがけて襲いかかってきたのである。
「ダーク・ファルスのヤツ，ご丁寧にゾンビ化するようにしておいたのか！」
「ったく・・・万全のアフターサービス痛み入りますって感じだな！！」
「冗談言ってる場合じゃねえだろうがルディ！」
「ああ！！」
ゾンビの群を相手に奮闘する五人，しかし何匹倒しても次々にあらわれてくる。どうやら
ダーク・ファルスの魔力は，既に死んでいた村人にも効いていたようである。
「くそっ！キリがねえぞコイツら！！」
「仕方ない・・・街から逃げるぞ！！」
ゾンビの群を振り払い，一行は街から逃げ出した。
「ったく・・・ロクでもねえ事しやがる・・・けど、ロークのヤツはどこ行ったんだ？」
「考えられるのは・・・エスパーの館，気象コントロールセンター，隣のリシェルって
トコだな・・・どこへ行く？ルディ・・・」
「う〜ん・・・ミースを滅ぼした足で館に来ていたら俺らがいる時に来てただろうし、
そうだな・・・最初にリシェルの街，その足で気象コントロールセンターだな。」
「そうか・・・俺と同じ考えだな。なら、行くか！！」
それから大急ぎで着いたリシェルの街もまた、破壊し尽くされていた。ただ、幸いにも
まだそれほど時間がたっていないらしく、息がある人が多い。スレイはナーシアに旅の
オカリナを渡し，館に救援を呼びに行かせ，残る四人で、ロークを追跡にかかった。
そして・・・
「ローク！！」
雪原の中，四人は遂にロークに追いついた。やはり次は気象コントロールセンターの
破壊が目的であったようである。
「来たか・・・」
ロークの瞳は黒目を失い，彼の黒い服と甲冑，そして剣には，血糊がベッタリとつき、
顔色は青白い。およそこの世の者とは思われない，異様な風采をしている。
「ローク・・・」
「我はロークではない・・・我が名はダーク・ファルス・・・」
「・・・行くぞ，みんな！！」
「愚かな・・・たった四人で、我を倒せると思ってか！！」
そう言うやロークは凄まじい速度でルディ目がけて突進してきた。
「この前とは・・・ちょっとワケが違うぞ！！」
ロークの一撃をルディが弾き返し、その隙めがけルイが切り込んでいった。惜しくも
その一撃は外したが，相手を焦らすには十分な効果があったようである。
「貴様ら・・・数日で何故ここまで？力を・・・隠しておったのか！？」
「人間の”ローク”相手じゃ気後れもするが，”ダーク・ファルス”相手じゃ遠慮は
いらない。何よりパワーはあるようだが技の切れじゃお前はロークに遠く及ばない。
覚悟はいいか？ダーク・ファルス！！」
「ほ、ほざけぇぇぇぇっ！！」
異様な形相を更に異様に変え，ロークは斬りかかってきた。さすがに、強い。一筋縄
でゆく相手でないことだけは確かであるし、無傷ですむ相手でもない。
「炎火鳳撃弾！！」
スレイの奥義がロークめがけ放たれる，ロークはそれを何とかかわしたが，かわした
隙を必ず他の者につけ込まれた。
「おのれ・・・ちょこまかと・・・貴様ら本当にロークを殺す気か！？」
「やむを得ないだろ？」
体中に傷を負いながらも，平然とした声でルディが言った。
「クッ・・・ならば・・・」
そういうとダーク・ファルスは手に持っている剣を首に当てた。
「ワシはロークが死ぬ直前まで、体を離れることが出来る・・・どうだ？それでも
斬れるか？哀れな男の骸を残すだけだぞ？」
「ウッ・・・」
「それでも斬るなら斬ればいいさ。ワシは無傷だがなあ。」
「卑怯な・・・」
「卑怯？クックックッ・・・最高のほめ言葉だよ・・・」
そう言って勝ち誇るダーク・ファルス，しかし、彼の読みは甘かった。人間の甘さ
を過信し，背後からのファルの接近を許したのである。
「（どの道助からないのなら・・・せめて私が止めを・・・）」
そう思ってのファルの独断であったのも，敵の隙をつくのにプラスになっていた。
「ハッ！！」
ロークの右腕に一撃を加え，剣を落とさせると，そのまま羽交い締めにした。そして
その瞬間にファルの分身が三体現れると一斉にダブルアタックを喰らわせ，ロークの
体をファルごと高々と蹴り上げ，ファルと一緒に真っ逆さまに落ちてきた。
「馬鹿な・・・本当に殺しにかかるとは・・・グ・・・ハッ。ロークの役立たずが・
・・か、かくなる上は新たな体を見つけ，再起を期するぞ！」
そう言うやダーク・ファルスはロークの体から抜け出そうとした。しかし・・・
「ば、馬鹿な・・・抜けだせん！？」
「頼む・・・俺を、俺を殺せ！！この邪神とともに！！」
「ローク！！」
「馬鹿な・・・”ローク”の魂は死んだはず・・・」
「読み違えたな！俺は，こうして生きている！！」
「ローク・・・」
「俺は・・・取り返しのつかないことをした・・・ミースの虐殺も、元はと言えば
俺の心の隙が生んだこと・・・」
「ええい、離せ！離せぇぇぇぇ！！」
「早くしろ！！もう、抑え切れぬ！！」
「ルディ・・・どうする？」
傍らのルイが不安そうにルディに尋ねた。
「なあ、ダーク・ファルスだけ倒すってできないか？」
ルイの問いかけに，ルディは何も答えず、ファルに声をかけた。
「ファル・・・ちょっとこっちに来てくれ・・・」
「うん・・・」
「それで、スレイと一緒にルイを抑えていてくれ！」
「ちょっ・・・本気かよみんな！！」
スレイとファルに両脇を抑えられながらルイが叫んだ。
「ルイ、戦いには冷静さが必要，そう言ったよな？」
「そ、そうだけど・・・」
「冷静さを持って行動すれば，最良の手が見えてくる・・・」
そう静かに言うとルディは剣を持ち直し，ロークに斬りかかる姿勢を見せた。
「そんな！やめろよルディ！！俺、そんな答えを出すんだったら，戦いが下手でも
いい！冷静さなんて欲しくない！！」
泣きながらルディを止めようとするルイ。しかし彼の声はルディにはまるで届いて
いないかのように見えた。
「行くぞローク・・・覚悟はいいな？」
「ああ・・・お前に殺されるのならば悔いはない・・・」
その言葉を聞くとルディはロークめがけ突進し，剣を振り上げた。
「ヌウゥゥゥ，こ、こんな所で，殺されてたまるか！！」
ルディの剣が振り下ろされると同時に，ロークの体からダーク・ファルスがスルリと
抜け出て行った。しかしそれを見たルディはニヤリと口元に笑みを浮かべた
「かかったな。」
「馬鹿な！？外した！？貴様わざと・・・」
「スレイ，決めろ！！」
「ああ・・・エフェス！！」
「なっ・・・ば，馬鹿なあぁっ！！この、ダーク・ファルスがあぁぁぁっ！！」
エフェスの青い光に包まれ，ロークの体に憑依していたダーク・ファルスは跡形も
なく消滅していった。
「所詮は憑依しか能のないヤツ，単体じゃあ雑魚だったな。」
「え・・・？」
ロークが殺されるのを見るに耐えず，目をつぶっていたルイが恐る恐る目を開けると
ロークは倒れていた。しかし血は流れておらず、気を失っているだけである。
「これ・・・一体？」
「わざと外したんだよ。そうすればダーク・ファルスを誘い出せるからな。」
「そんな・・・俺てっきり・・・」
ホッとして腰が抜けたのか，ルイはヘナヘナとその場に座り込んだ。
「言ったろう？最良の結果って。ロークは助け，ダーク・ファルスは倒す。これが
最良の結果ってヤツなんじゃないのか？」
「それ・・・二人とも分かってたの？」
「う〜ん、正確には分からなかったけど・・・」
「何かしてくれるとは思ってたんでな，この馬鹿は。さ、帰るか。」
「ひっで〜なあ〜。何か、のけ者にされた気分！！」
「まあそう怒るな，お前が本気でああいう態度をとってくれたから，ヤツを騙す事に
成功したんだからさ。敵を欺くにはまず味方からって言うだろ？」
「う、うん・・・」
何か釈然としない感じがしないでもなかったが、何のかんの言って彼が望む最良の
結果が得られたんだからまあいいかといった面もちで，ルイは機嫌を直し，皆と一緒に
エスパーの館に帰っていった。