「五代様，そのお体は如何なされました！？」
部屋を出ていってから、数時間たった後，スレイはエスパーの館に戻ってきた。しかし
部屋には戻らず，その足で「奥の院」へと入っていったのである。
「なに・・・かすり傷だ。それより長老，ちょっと厄介なことになりそうだ・・・」
館の奥の院で、椅子に座り長老による治療を受けながら，スレイは話し続けた。
「厄介・・・如何なる事で？」
「わからない、ただ・・・」
「ただ？」
「さっき，ラシークに会ってきた。俺はヤツと戦い，勝った。そしてヤツは死に際に
俺に言い残した。リュクロスへ行け、と・・・」
「リュクロス！？あの星に，まだ何か謎が！？」
そう言う長老の顔と声には，驚きの色がはっきりと浮かんでいる。
「ああ・・・何か，わかることはないか？」
「申し訳ありませんが・・・」
スレイの問いかけに，長老はただただ恐縮するばかりである。ただし、今回の事件は
スレイにも全く予想がつかなかった物なので、別に長老の職務怠慢でも何でもない。
言ってしまえば不可抗力なのである。
「し、しかしガンビアス大寺院に行けば何か得る物があるかもしれませぬぞ。」
今，長老に思いつくのはそれだけであった。無論スレイの考えとも一致している。
「そうか・・・じゃ、次の目的地は，ガンビアスか。ふ・・・ふぅあ〜あ。」
そう言うとスレイは大きなあくびを一つし、そのまま寝室へと戻っていった。
そして夜も明け，スレイは皆に昨晩の事を説明した。
「そう・・・そんな事が・・・」
「ま〜ったく、水臭いよなスレイも。黙って行きやがってさ。」
「悪ぃなルディ。こいつばかりは，俺一人で決着をつけたかったんだ。」
「ま，それはいいとして、じゃあさっさと行くか。大寺院にさ！」
そう言うやルディは大きく伸びをして旅支度に取りかかろうとした。すると横で，まだ
体が完全でないので横になりながら話を聞いていたロークが，身を乗り出してルディに
話しかけた。
「そ、その大寺院とやらに・・・俺も，連れていってくれないか？」
「ローク・・・お前まだケガも満足に治っていないのに・・・無茶だ！」
叱るような口調でルディはロークに言った。実際，まだ満足に歩けないほどなので
ある。いつ如何なる敵と出くわすか分からない旅への同行はまず不可能な体である。
しかし，それでもロークはしつこく食い下がった。
「頼む・・・何かあったら，見捨ててくれても構わない，少しでも見届けたいんだ、
事の、顛末を・・・」
ロークの熱意に皆も折れ，「なら行けるところまで」と同行を許した。そしてルディ
ルイ，スレイ，ファル，シェス，ナーシア，ロークの計七人は，大寺院へと向かった。
ガンビアス大寺院・・・デゾリアンの信仰の総本山であり、かつ、また政治の中枢を
担うこの建物はしかし、十二年前，深遠なる闇によって破壊され，現在もまだ修築の
最中である。デゾリアンの大工の一人が言うには，あれほどの物を作るのには「百年
以上の年月が必要」との事であった。
「お、おお！お主らは！！」
まだ修理中の，中でもあちこちにやぐらが組まれ大工達と僧侶達，そして参拝者達が
ごちゃごちゃに入り乱れている寺院に足を踏み入れるとすぐに、後ろから声をかけて
くる者がいた。かつての仲間の一人，ラジャである。
「ラジャのじーさん！？どうしてここに！？」
デゾリスに来て以来，慌ただしさの中つい訪れるのを忘れていたがリュオンのすぐ南の
あの寺院にいるとばかり思っていたので、ルディの驚きは一通りではない。
「いや今から六、七年ほど前かのう，大僧正が崩御して，急に呼び戻されたんじゃよ。
本当はこんな堅苦しい所の副司祭のイスなんかよりも，ギュナの酒場の椅子の方が
わしゃ好きなんじゃがのう・・・」
「へえ・・・そんな事があったんだ・・・」
デゾリスの思わぬ環境の変化に驚くルディとファル，そんな二人のそばにいるルイに
ラジャは話しかけた。
「お前さん・・・ルディとファルの子供か？」
「う、うん・・・」
「わしゃラジャって言うんじゃ。しかしルディによく似てるのぉ、そっちの嬢ちゃん
もしばらく見ないうちにますますシェスに似てきたし、昔を思い出すのお。ワシの
ダジャレでルディ、お前さん達が笑い転げていたのがまるで昨日のようじゃ。」
「もしもしラジャ？なんか、ものすご〜く大きな覚え違いしてない？」
「違ったかの？ま、それはそうと、元気そうでなによりじゃな。しかし・・・」
ラジャはそう言うとその視線をロークの方へと向けた。
「さっきから後ろで暗〜い顔しておる辛気くさそうなのは誰なんじゃ？」
「ああ？こいつか？ロークってヤツだよ。ま、悪いヤツじゃないさ。」
「フ〜ム・・・」
ラジャはロークのことをしばらく見つめ，何か考えている。
「お主・・・邪に憑かれておったな・・・」
「！！どうしてそれを！？」
「な〜に、カンじゃよカン。ちなみに病気の人は患者！なんてな。」
「・・・・・・」
ルディ達五人の間に沈黙が流れる、しかしルイとナーシアだけは、ラジャのダジャレがツボに
はまったらしく横で笑い転げていた。
「なあスレイ・・・」
「なんだ、ルディ？」
「この戦いが終わったら俺達、子供の娯楽について、真剣に考えた方がいいんじゃないか？」
「同感だ・・・」
傍らのルディとスレイのそんな会話を気にもとめず、ラジャはロークに「ま、お主の調子が良く
なさそうなのも，それが原因じゃろ。」と言い、ロークをイクリプストーチの所へと案内した。
「これは・・・？」
「いいから、黙って両手で触ってみるんじゃ。」
「あ、ああ・・・」
何が何だか分からず，恐る恐るロークは両手をトーチへと押し当てた。すると体中に
火がついたような熱さが体内を駆け抜けていった。
「ウ・・・グッ・・・！！」
その衝撃にロークは慌ててトーチから手を離した。すると不思議なことにそれまで
体を覆っていた痛みが嘘のように消え去っている。
「体が・・・軽い！？ご老人、これは！？」
「イクリプストーチ・・・生ある物には癒しの光となり、この世ならざる物には破滅
の業火となる・・・デゾリアンの秘宝じゃよ。お主の中にいまだ残っていた邪気を
消滅させ，その上で傷を癒す事なんぞ造作もないことじゃ。」
「あ、ありがとうございます！これで・・・戦える・・・全てを、見届けられる！！」
そう思うとロークは勇躍し、己の体にかつてない力がみなぎってくるのを感じた。
しかし、この大寺院をもってしても、特に有力な情報は得られなかった。当然ラジャも
ついて行こうとしたのだが、他のデゾリアンの僧侶に無理矢理引き止められ、同行する
事は出来なかった。
「こうなったら・・・そうだな・・・何があるかわからんが，リュクロスへ行くしか
なさそうだな・・・そのためにはまずエアロプリズムを取ってきて・・・」
エアポートで皆に向かってスレイが言う。無論，誰も異論はない。しかし，皆の反応に
スレイはすぐには同意を示さなかった。
「シェス・・・お前は残れ。」
「ちょっ・・・どうしてよスレイ！私が，役に立たないって言うの！！」
すさまじい剣幕でシェスはスレイにまくし立てた。しかしスレイはそんなシェスに対して
普段の彼には似つかぬ程の優しい口調で言った。
「どうしてって・・・それはお前が一番よく分かってるんじゃないのか？シェス・・・」
「え・・・？」
「お前の戦わなくちゃって気持ちは分かる・・・けれど，もう少し自分の体を大切にしろ
よ・・・いや，お前達の体って言った方がいいのかな？」
「え・・・？気が，ついてたの・・・？ナーシアにも、まだ言ってなかったのに・・・」
「男のカンを，甘く見るなよ？シェス。」
「スレイ！」
スレイがそう言ってニコと笑うと、シェスは目に涙を浮かべてスレイに抱きついた。
「ねえ・・・絶対・・・絶対生きて帰ってきてよ・・・私達のために・・・」
「当たり前だろうシェス・・・俺を信じられないのか・・・？」
「ううん・・・そんな事はないけど・・・」
「じゃあ、待っていてくれ・・・心配するな・・・」
「う、うん・・・」
そう言うと唇を重ねる二人の様子は，はっきり言って横で見ているルディ達の方がよっ
ぽど恥ずかしくなるほどである。
「（ねえ、母さん，いやルディでもいいけど，あれってどういう意味？）」
ただ一人状況を理解できないルイは，両隣のルディとファルに尋ねた。
「赤ちゃんがいるって事よ・・・シェスのお腹の中に。」
「へえ・・・そうなんだ・・・」
そう聞かされても，ルイには今一つピンとこなかった。
「あと・・・」
すぐにさっきまでの精悍な顔に戻ってスレイが言った。
「ナーシア、お前も残れ。」
「ちょっと！どうしてよパパ！！」
「決まってるだろう・・・弱いからだ。今のお前は，足手まといになる。」
我が子にそう言うスレイの声にさっきシェスに見せた優しさはない。ナーシアもスレイ
に何か言葉にならない声で言い返したが、何を言っても無駄だと悟ると，泣きじゃくり
ながらエアポートを飛び出していった。
「ナーシア！！」
「放っておけルイ・・・どうせ館に帰って泣くだけだろう・・・」
「スレイ！！」
スレイの態度に業腹を煮やし殴りかかろうとするルイをルディが後ろから抱き止めた。
「分かってやれルイ・・・あいつだって我が子が可愛いからこそ，危険な所には行かせ
たくないんだ・・・」
「けど！あのままじゃナーシアがかわいそうだから・・・せめて、その事だけでも
言ってやらないと・・・俺，行ってくる！」
そう言い残すとルイもまたエアポートを飛び出していった。
「ナーシア！？」
ルイは転がり込むようにエスパーの館に入っていった。しかし館の中にはナーシアの
姿は見えず，門番に何か知らないかと尋ねると，顔を真っ赤にしながら南西の方に
走っていったとの事であった。
「南西！？まさか・・・」
ナーシアがどこへ行ったのか，ルイには見当がついた。そしてそこへ行ってみると，
ナーシアと思しき足跡が雪の中にまだ残っていた。
「やっぱり、ここだったか。」
「ルイ！！」
ウェポンプラント・・・ナーシアのお気に入りの遊び場であり、ルイにとっては
ナーシアとの思い出の場所。その最深部でルイはナーシアに追いついた。
「顔を真っ赤にして」と聞いていたが，意外にもさっぱりとした表情をしている。
ただ、その目に泣きはらした跡があるのは隠しようもなかった。
「ナーシア・・・何してるの？」
ナーシアは何かプラントの壁にある機械を操作しているみたいだが，ルイにはそれが
何であるのか全く意味が分からなかった。
「見返してやるのよ！パパ達を！！」
「え？その、見返すのとその機械，何か関係があるの？」
「ええ・・・」
ナーシアはそう言うとしばらくルイの質問に耳を傾けず何かのボタンを操作した。
そして一息ついたのか手を休めてルイの方を振り返った。
「ルイ・・・ちょっとこっちに来て・・・」
「う、うん・・・」
自分の方にやってきたルイに，ナーシアは壁にある赤いボタンを指さし，言った。
「このボタンを押すとね・・・私が昔止めたここのセキュリティシステムが再起動
するの・・・」
「再起動？その再起動ってのするとどうなるの？」
「大型機動兵器二十機前後，中型機動兵器四、五十機，小型兵器は数知れず・・・ま、
早い話がここにある機械兵器全部が，敵になって襲いかかってくるってことよ。」
「！そんな！！よせよ、ナーシア！！」
「時間がないのよ！手っ取り早く強くなるには，限界ギリギリ・・・いえ、限界以上の
事をしなくちゃいけないの。それにルイ・・・あなたもルディに，自分のお父さんに
勝ちたくないの！？」
「う・・・さ、最近はたまになら一本くらい取ってるよ！」
「へえ〜。どれくらいの割合で？」
「う・・・に、二十回に一回くらい・・・」
「そんなの、互角とは程遠いじゃない。」
「う・・・」
「一緒に戦って，一緒に強くなりましょ？大人達を見返すために。」
「ああ・・・やってやろうじゃないか！」
ルイの返事を聞くとナーシアは最後のボタンを押した。途端に機械的な音声アナウンス
がプラント内に響きわたり，機械の足音が近づいてくる。
「シンニュウ警報ハツレイ，シンニュウ警報ハツレイ・・・最深部にシンニュウシャヲ
二体カクニン・・・ＴＥＲＭＩＮＡＴＥセヨ・・・クリカエス，シンニュウ警報ハツレイ・・・」
「来る！！」
全身に力を集中させ，ルイは剣を身構えた。体中が震えてくる，しかしそれは恐怖から
くる震えではない，強敵と戦える喜びと，これを乗り越えれば一気にルディに近づける
という喜びから来る，歓喜の震えであると言えた。
「ルイ・・・」
「なに・・・ナーシア・・・」
「ありがとう・・・正直，一人じゃちょっと怖かったから・・・」
「うん・・・ナーシア・・・来るぞ！」