第三章 デビュー戦
ルイが生まれてから数ヶ月の後，ファルはアイードへ戻った。ハーン夫妻が
引き止めたのは言うまでもない。けれどファルにはいつまでも世話になってちゃ
悪いという気持ちと同時に，「アイードに帰ったら何か変化があるかもしれない」
という、幻想にも似た淡い期待があった。家に帰ったら，いつものように
「おかえり、ファル。」
というルディがいるかもしれない，そんな気がした。
しかし、当然ながら現実は違う，人が暮らしていない家というものには何とも言えぬ
淋しさ，薄暗さというものが漂う。今まで、ルディの捜索にやっきになっていたため，
一年間ほっぽらかしにしてあった家には，綿埃がつもり，蜘蛛が巣を張り，まるで、
廃墟のようであった。
「現実は・・・甘くない・・・か。」
ほのかな幻想を打ち破られたファルは，目にうっすらと涙を浮かべながらつぶやいた。
しかし、次の瞬間には稟とした眼差しを取り戻し，
「けど・・・これが私の選んだ道・・・そういえばフォーレンも別れ際に言ってくれたわよね，
『あなたは私たちの希望，誇りを持って強く生きるのです・・・』って。もう、泣いてなんか
いられない！！」
そう自らに言い聞かせ，そして、腕の中で眠るルイに目をやった。
「泣いてなんかいられない・・・この子のためにも！！」
次の日から，ファルはハンター稼業に復帰した。闇との戦いの後，ルディと正式に
コンビを組み，結婚以来一線を退いていたので，実に数年ぶりの復帰になる。
シードの自爆によって，モンスターの増殖はくい止められたはずであった。
しかし、元々強い生命力を持つバイオモンスター達は，全てではないが砂漠の環境で
しぶとく生き残り，環境に適応し，新たな生態系を生み出し，もはやどうしようもない程
完全に，モタビアの生態系に組み込まれてしまったのである。
しかし，それ故ハンター稼業は依然として高い需要があり、ファルとルイが食べていく
には十分すぎるほどの金を稼ぐことが出来たが、そのことはファルを少し空しくさせた。
そしてそんなファルの一番の楽しみは，やはりルイの成長であるといえた。
ルイの成長は早い。ファルの血による影響なのであろう。通常人の約１.５倍ほどの
スピードで成長する彼は，当然ながら周りから奇異の目で見られることが多く、友人も
少なかった。そんなルイに，ファルは戦いの技術を教え込んだ。誰にもバカにされない
だけの力を，我が子に身につけさせようとしたのである。結果，ルイは強くなった。
両親の血から来る豊かな才能のおかげか，新人類が持つべくして持ったものなのかは
分からないが，彼の実力は目を見張る早さでのびていったのである。
そしてルイ・アシュレ５歳の時・・・
「じゃ、留守番お願いね。」
ルイにそう言い残し，ファルは依頼された仕事・・・モンスター退治に出かけていった。
母親の仕事の内容は，ルイにとって非常に好奇心，冒険心をそそられるものである。
最近では、ファルが仕事に行く度に自分も連れてゆくようにせがむのが常であるが，
もちろんファルは許可しない。いくら才能があると言えど，ファルから見ればルイは
所詮まだ、頼りない子供にすぎないのである。
けれど、ルイはとうとう我慢できなくなり，ファルの後をこっそりと、
ついて行くことにした。
しかし、自分のことが気づかれていないと思ったのはルイだけである。家を出る時から
ファルはルイの様子が何となくソワソワしていたのに気づいていたし，黒い波動をも
感知できるほどのカンの鋭さの持ち主である。ルイが後をつけていることくらいすぐに
気づいていた。ただ、今回の仕事はそんなに大変とも聞かなかったし，いちいちルイを
家まで連れ戻すのも面倒だったので、
「ま、あとでたっぷりとしぼってやればいいか。」
と思い、それに自分が気かれていていないとすっかり思いこんで，気づかれまい
気づかれまいとしているルイの様子が何とも言えずおかしかったので，あえて気づいて
いないフリをしていた。
そして、そうこうしているうちに今回の目的地の山岳地帯に着いた。アイードから徒歩
で行くと結構な距離がある所である上，ファルが面白がってわざとあっちこっちに
行ったりペースを上げ下げしたりしていたのでルイはかなりバテているようであるが、
それでも執念で食らいついてきている。
「なかなか頑張るわね・・・フフッ，感心感心。」
背後のルイの様子を見て，ほくそ笑むファル。しかし彼女の前に地鳴りとともに巨大な
ワーム系のモンスターが姿を現した。
「こいつが・・・」
「山の主」と地元の人間から恐れられているバイオモンスター，それの始末が今回の
仕事である。
「思ってたより・・・大物みたいね・・・」
相手は完全に自分のことを「獲物」と見なしているらしい。このモンスターが人肉を
主食にしているという事は，そこら辺に人間の骨が散らばっていることからも，
容易に想像できた。
「・・・・・・来る！！」
巨大な体をムチのようにしならせ、「ブォォォォッ」という奇声を発しながら，
山の主は頭から突っ込んできた。ファルはその攻撃をかわし，相手の頭に飛び乗ると
その硬い皮膚に右手のクローを突き刺した。
「グ・・・グゥォォォオッ！！！」
苦しそうな鳴き声をあげ，さらに暴れ回る山の主，その狂った暴れぶりは、
ファルの手に負えるものではなかった。それでもファルは果敢に立ち向かい，
何とか倒そうとしたのだが，かえってその巨体に弾き飛ばされてしまった。
そして身動きのとれなくなったファルを相手に勝利を確信した山の主が
止めの一撃を加えようとしたとき，木の後ろにいたルイが飛び出した。
「や、やめろぉぉぉぉおっ！！」
自分の背ほどの大剣を振り回し，必死の形相で斬りかかっていくルイ，それまで
ファルとモンスターの激闘にすっかり圧倒され，身動き一つできず，声一つ
出せなかったが、精一杯の勇気を振り絞って，斬りかかっていった。
無論、かなうはずがない。しかし、敵がルイに気を取られて見せた一瞬のスキを，
ファルは見逃さなかった。残る左手のクローをモンスターの心臓部に突き刺すと，
その巨体は崩れるように倒れ、ピクリとも動かなくなった。
モンスターが死ぬと，ルイはヘナヘナと地べたにしゃがみこんだ。どうやら、
緊張の糸が切れて腰が抜けたらしい。
「ルイ！！」
ファルは急いでルイのもとに駆け寄り，そしてその頬を思いっきりひっぱたいた。
「か・・・母さん・・・？」
ルイには自分がなんでぶたれるのか，理解できなかった。
「あれほど・・・言ったでしょう！ついて来るなって！！」
震える声でファルは言った，けれど次の瞬間にはルイを優しく抱きしめた。
「けど・・・ありがとう・・・ルイ・・・ごめんね・・・」
次の日から，ファルはルイを仕事に連れて行くようになった。どうせもう、
いくらついて来るなと言ってもついて来るだろうし，それに元々近いうちには
仕事の手伝いをさせるつもりだったので，それなら自分の目のつく所でしっかりと
実戦経験を積ませた方が良い，そう考えたのである。
ルイにとっては，新しい世界が開けたような心地がした。仕事とはいえ，その目に
飛び込んでくる全てが新鮮で，感動をおぼえずにはいられなかった。あらゆる物に
素直に感動するその姿は、ファルには何か懐かしいものが感じられた。
そして、そうこうしているうちに三年の月日が流れていった。その間ルイの実力は
大幅に上達し，年齢の都合上まだ「見習い」ではあるものの，その腕前は下手な
大人のハンターをゆうに凌ぐほどになっていた。
そして今日もまた，新たな依頼が二人のもとに舞い込んだのだが・・・
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