沖野守船さんよりの投稿小説

幻之星学園番外編～知られざる人々～
第一部　アバンチーノ氏

第３話　ライブバーにて

その時、アバンチーノ氏は、彼にしては珍しくピアノの練習をしていた。
いつもなら、頭の痛い作曲の依頼があって始終往生をしているのであるが、学園式典序曲と献呈序曲を
作曲して以来、ここ数カ月間、作曲の依頼は全くない。
そのために、暇を持て余しているのだが、ただぼんやりしているだけではどうしようもない。
そこで、氏は練習を始めたのである。
トトト、トッテンパラリラ、ラリラリ、タラリララリラリ、パラリラパラリラ・・・
ピアノから、後のオルガン音楽「オルガン協奏曲　ファンタジアとフーガ」の母体となる、フーガが
奏でられていく。
トレトレトレ、タラリラタラリタ、テテレット、トッタン・・・
ピアノの練習風景と音を書き表わすのは大変難しい。だが、練習をしている氏の表情は作曲している時
より、幾分か楽しそうだった。
と、その時、電話がけたたましく鳴った。
氏は練習を中断すると、面倒くさそうに、けたたましく鳴る電話の受話器をとった。
「はい。アバンチーノであります。は？あ、なんだ、君か。久しぶりざんすね。ふんふん。え、帰って
来ると。で、ふんふん・・・」
電話の相手は、かつて、ピアタ音楽院で一緒に学んだ友人であった。
その友人は、声楽を学んでいて、いまやデゾリスで人気のカウンターテナー歌手として、名声を得ていた。
氏とは全く正反対の境遇である。
その彼が、久しぶりに戻ってくる。
アバンチーノ氏は名声を得ている彼に、電話で一緒に飲みに行こう、と誘った。
勿論、彼は承諾した。
その晩、彼等は再会した。
卒業して、もう何年だろう。
アバンチーノ氏は、早速、帰ってきた友人を連れて、ピアタ駅前商店街の一角にある「トリスタントイゾルデ」
という名前の、店に入った。
そこは、連夜、毎晩のごとく、ライブが行われ、集まった客を楽しませている。レパートリーはクラシックから
ド演歌まで、実に幅広かったりする。
「お客様、何にいたしますか？」
バーテンが聞く。
アバンチーノ氏「とりあえず、ジントニックね」
氏の友人「おれは、バーボンにしとこうか」
「かしこまりました」
と、バーテン。
二人は飲み始めた。
学生時代の話を肴に、ちびりちびりと。
「お客さん大変申し訳ないのですが・・・。今日のライブ、団員が食中毒で入院してしまいましたので、できません」
「えーっ。そんなあ、それが楽しみできているのにいいい～」
話が進んで暫くして、店の支配人がやって来てライブの中止を宣言すると、たちまちブーイングの嵐が巻き起こった。
ここを訪れる人は、作者以上に音楽オタクだったりする。だから、飲むというより聞きに来ているというほうが
妥当である。
「入院してしまったんだから、出来ませんよ。とほほ・・・」
ブーイングの嵐に支配人は困った。
下手をすれば、お客が減ってしまうかもしれない。そうすれば、商売、上がったり、にもなりかねなかった。
「それなら、やりましょうか？」
支配人の困惑をみて、たまりかねた氏は言った。
「え、お客さんがですか？冗談はよしてください」
「冗談ならやりませんよ。ここに、とびっきりの歌手がいますから・・・」
冗談はよして下さい、と言わんばかりの支配人に、氏は言った。
「アバン。やるか」
「するよ。ファリネッリ」
彼に乗る友人。
もちろん、二人が共演するのはここが初めてである。
アバンチーノ氏がピアノで伴奏し、氏の友人であるファリネッリ氏が歌う、と言うことにいつの間にやらなってしまった。
アバンチーノ氏は、ステージのピアノに近付くと、おもむろにアリアを弾き始めた。
そして、氏の友人であるファリネッリ氏が歌い始める。
氏と彼の見事な、甘い旋律と歌唱力に、来ていた人たちはたちまち聞き惚れてしまった。
「もう、１曲」
即興で、しかもその場しのぎの１曲が終わると、アンコールがかかった。
「仕方ありませんですね。これが、最後よ」
と、氏は「おお、万軍の主、かく宣えり」という、コラールを弾き始めた。
それに、またファリネッリ氏が歌う。
もともと、この曲ピアタ教会のために作曲されたものだが、ファリネッリ氏が歌うと、荘厳なうえに、少し哀調を帯びて
いて、それが終わると拍手喝采雨霰だった。
「いや～、助かりました。ところで、貴方達はいったい何者ですか？」
お客が帰って、残された二人に支配人が聞く。
「ただのお客ですよ。ちょっとした気紛れでやってしまいましたがね」
「まあ、物好きとしておいてください」
アバンチーノ氏は、適当に答えておいた。
ファリネッリ氏は、正直言って驚いていた。アバンチーノ氏のピアノ演奏があまりにも卓越していて、うっかり、
歌詞を間違えそうになったからである。
「そうですか。それにしても、いい曲でしたよ。私も聞き惚れてしまいました」
と、感想を述べる支配人。
その夜、彼等は、支配人の奢りで、しこたま飲むことができたが、翌日、地獄をみたのだった。（飲み過ぎによる二日酔＆悪酔い）

（つづく）

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