幻之星学園番外編
〜知られざる人々〜
第一部 アバンチーノ氏
第４話 よくありがちな出来事
かれこれもう何年前になるであろうか。
オルガンの練習をしながら、彼はある事件を思い出す。
それは、例のオペラ歌手兼声楽家の友人の結婚式で起きた出来事である。
数年前・・・・。
作曲家としてようやく軌道に乗り、多忙な生活を送る彼の元に、
ファリネッリ氏から結婚する旨の書状と招待状が届けられた。
その時、彼はピアタ大聖堂から、荘厳ミサ葬送曲を作るように頼まれ
四苦八苦していた。
「お、音があわないざんすぅぅ〜〜。ひいぃ〜〜〜」
迫りくる締めきり。音のあわぬ楽器のパートで苦悩する。
そして、締めきりぎりぎりまで往生しながらようやく完成させ、
彼は納入を果たした。
「さて？何かを忘れたような？ま、いいか・・・」
ピアタ大聖堂に、なんとか納入を果たして、その帰り道、
ふと何かを忘れているような気がして、彼は呟いたが
そのまま帰った。
「結婚式は、いつだったっけ？」
自宅に戻った氏は、数日前に届いた招待状を開いてみる。
ファリネッリ氏の結婚は、明日に行われるということであった。
彼は、急いで結婚式に向かう準備を始めた。
翌日。
朝早く、氏はピアタ発ガンジビアス行きの高速定期便に乗り、
結婚式の会場に向かった。
会場に到着すると、すでに結婚式が始まる直前だった。
「何とか、間に合ったざんす」
氏は、花嫁を横に従えた友人の嬉しそうな姿を、見ながら
思った。
やがて、一生のうちでもっとも華やかであり、かつ厳粛な
その儀式が終わり、別の場所で披露宴が催された。
「これから、お二人の結婚をお祝して、余興に移りたいと
思います」
司会者が言う。
アバンチーノ氏はこの日の為に、即興曲を仕事の合間に
作っていた。納入が締め切り日ぎりぎりだったのは、
そのためである。
出番が近付き、鞄を開けて、即興曲の譜面を取り出す。
その瞬間、彼は青ざめ、凍りついた。
何と、その楽譜は昨日納入した荘厳葬送ミサ曲の
もっとも暗いパートだったのだ。
ということは・・・。
即興曲と荘厳葬送ミサ曲の楽譜をとりちがえて、
納入した？
うろたえる彼。
しかし、どうすることもできない。
このまま、弾くとせっかくのお祝ムードをぶち壊して
しまうのは明白である。
「ええい、天に任せて、楽譜をひっくりかえして弾いてみよう」
そう心に決めて、会場になぜか設置してあるオルガンに
向かうが、気が気ではない。
司会者が氏を紹介すると、オルガンの椅子に座った彼は
それこそ死んだ人のように青ざめたまま、弾きはじめた。
ざわめいていた会場が、オルガンの音がし始めると、
水をうったように静まり返る。
誰も咳一つしない。
チャ〜ラ〜リラララララ〜チャ〜・・・。（オルガンの音）
演奏が終わる。
すると、会場は再び、拍手の嵐で覆い尽くされた。
どうやら、事なきを得たようだ。
アバンチーノ氏は礼をするのもそこそこに、
自分の席に逃げるように戻った。
「ありがとう。アバン君」
披露宴が終わると、友人夫婦が来て、礼を述べる。
「おめでとう。お幸せにね。ファリネッリ君」
アバンチーノ氏は、二人を祝福して言った。
その頃・・・・。ピアタ大聖堂では・・・。
「この作品はすばらしい。荘厳さのなかに、明らかに希望のようなものがある。
今までの荘厳葬送ミサ曲において、最もできばえがよい」
大聖堂の教会音楽担当者が納入された曲の練習風景を見、聞いて
つぶやいていた。
偶然にも、確かに結婚式披露宴に出席をした作曲者アバンチーノ氏が
思ったとおり、即興曲が間違えて入っていたのだった。
偶然とは、おそろしい。また時によって、何が幸いするかわからない。
荘厳葬送ミサ曲についてのそのような感想が、彼のもとに届けられたのは
それから数日後の事であった。
（つづく）
第一部最終話を読む
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